宇宙混沌
Eyecatch

坑道のカナリア


 本当に真っ暗闇だ。逸れないよう互いの手を繋ぎ、一歩一歩、足元を確かめながら進む。
 ともかく、あの轟音で飛び出して来なかった事だし、魔物の類は居ない様だ。焦る事は無いとはいえ、僕がまともに喋れない所為で、二人の間にはいつになく長い沈黙が流れていた。
「大丈夫か?」
 声を出すのは辛いので、僕はスツルム殿の手を握る力を強めて返答した。正直、一歩踏み出す度に激痛が走るし、息をするだけでも苦しい。途中で耐えかねてポーションを飲んだものの、対症療法だから数時間もすれば効果は切れる。でも、弱音を吐いたって状況が良くなる訳でもない。
 スツルム殿は手を繋いでいない方の手に剣を握り、前に突き出しているらしい。壁にぶつかるとこつん、と音がする。僕はそこから坑道の壁に片手を触れさせ、その手を離さない様に進む事にした。こうすればいずれ何処かの出口には行き着く。
 小一時間程歩いた頃、スツルム殿が切り出した。
「喋るの辛いなら、言わなくて良いが……今朝、大事な話があると言ってただろ? 結局何だったんだ?」
「……此処で話しても仕方ない……。出たら、話す……」
 折角の最後の仕事が、大変な事になってしまったな。まあ、でも、此処で自然と終えるのも良いかもしれない。
 僕はスツルム殿の手を離す。スツルム殿が立ち止まる音がした。
「ドランク?」
「置いて行って……」
 こんな速度で歩いていたんじゃ埒が明かない。彼女だけならもっと速く出口を見つけられるだろう。
「え……」
「僕、此処で待ってるから……。村の人、呼んできて……」
 出口になりそうな場所を見つけて、そこから外に出て、山を下って……。スツルム殿の小さい体では僕を支えきれないし、僕ののろのろとした動きに合わせていてはそれこそ飢え死にしてしまう。
「そんな事、出来るわけ――」
「僕は水も火も出せるから……飴もあるし……」
 それに、此処で死んだって僕が失うものは何も無い。
「……嫌だ」
 スツルム殿の手が僕の腰の辺りを掴む。
「また落盤があったらどうするんだ……お前、今度こそ死ぬぞ……」
「それはお互い様でしょ?」
 頭を撫でようとして、角に当たった。そのままつるつるした表面を撫でる。
「生存率を高めるには……君が一人で行った方が良……!?」
 言葉を切って僕は彼女を突き飛ばす。間に合った。また小規模な落盤があり、僕の下半身が土に飲まれる。
「ドランク!!」
 逆光で彼女の顔が見えない。……逆光?
「はは、意外と……近かった……」
 今の衝撃で、別の穴が開いたらしい。山の外の状態は判らないが、とにかくあそこから外に出られる。
「ドランク、今助ける」
「駄目……下手したらもっと崩れる……」
 僕の上に圧しかかる土や岩をどかそうとした手を掴む。飼っている小鳥の為に、飼い主が犠牲を払ってどうする。飼い主が居なければ、小鳥は生きていけないのに。
 同じ様に、元よりスツルム殿が居なければ、僕が「ドランク」になる事も無かったのだ。「ドランク」のままで、この関係のままで死ねるのなら冥土の土産にもなる。いずれにせよ、「ドランク」は今夜死ぬ予定だったのだから。
「でも! お前の脚が!!」
「大丈夫……」
 強く圧し潰されているような感覚は無い。膝が何か硬いものに引っ掛かって抜けないだけだ。それに、僕の脚の一本二本無くなる事くらい、此処で諸共死ぬよりはずっとましだ。
「大丈夫な訳あるか! お前、逃げ足が速い事だけが取り柄なんだから!」
「それは……酷い……」
 いくらなんでもその言い方は酷くない? 魔法とかもっとあるでしょ。
 しかし、笑った僕にスツルム殿も少しは安心し、冷静さを取り戻したらしい。涙を拭って、剣の一本を僕の側に置いた。その動きでやっと、僕は彼女が泣いていたことに気付く。
「何してんの……」
 それ、命の次に大事な商売道具でしょ。
「必ず迎えに来る。お前も、この剣も」
 スツルム殿が立ち上がる。
「それまで必ず生きていろ。あたしはもう、あんな悲しい思いはしたくない。第一……」
 彼女は一度言葉を切り、息を深く吸ってから吐き出した。
「あたしはお前を、籠の鳥にする為に組んでるんじゃない!」
「……うん……。また崩れる、かも……気を付けて……」
 背を向けて歩き出す彼女の無事を祈る。
「死ぬなよ、馬鹿」
 彼女の背が見えなくなる。僕は彼女が縫い付けてくれたフードの縁を引っ張って被り、隣に置かれた剣を引き寄せて胸に抱く。
 スツルム殿は、僕が死んだら悲しいらしい。てっきり、単に相棒が居なくなると困るから怖がっているだけだと思っていた。
 涙が出てきたが、泣くのは肋骨に響く。それでも、溢れ出てくる感情の波を抑えられなかった。
 今夜告げようと思っていた覚悟が、僕に降りかかってきた土と同じ様に崩れ落ちる。いつかは別れないといけない時が来るのだとしても、もう少しだけ、君の側に居させて。

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