坑道のカナリア [2/4]
「奥深そう~」
僕は現場に到着すると、入り口からライトで坑道の中を照らした。幾つか分かれ道がある事は判ったが、その奥が何処まで続いているのかは、この明かりでは照らせない。
「……ドランク、本当に行くのか?」
「どうしたの? 怖くなっちゃった?」
洞窟や坑道での仕事は初めてではないどころか、割合としては結構多い類なのだが。その分、彼女の勘は当たっているのかもしれない。僕も警戒する。
「ま、報酬が良いのは危険も織り込んでの事だからね。もう全体の地図も残ってないって言われたし……」
とは言え、此処まで来て「入りもせずに引き返してきました」は依頼主にとても説明できる理由ではない。少なくとも、危険なら危険という何かしらの証拠が必要だ。
「行こうか」
僕達はマントのフードを被ると、坑道に踏み入れる。
入り口から差し込む陽の光が弱まった所で、ぱらり、と土が剥がれる音がした。僕は咄嗟にスツルム殿を抱え込むと、音の出所から少しでも離れようと駆け出す。
「何!?」
スツルム殿の声を掻き消すように轟音が響いた。
「うっ」
僕の背中に重い何かが直撃し、息が詰まる。スツルム殿を離して地面に転がった時、持っていた明かりも何処かに飛んで行って消えた。
「ドランク!?」
静寂と闇が辺りを包み込み、不安げに僕を呼ぶ声が反響する。返事をしようとしたが、変な咳しか出なかった。
スツルム殿はその音を頼りに僕の居場所を探り当てる。手探りしていた小さい掌が、僕の腕を見付けた。
「無事か? 土に埋もれてはない様だな」
「あ、ああ……。大丈夫……」
スツルム殿がそのまま僕の体を触って確かめる。息が詰まったのは胴体に衝撃を受けた一時的なもの、と思って返事をしたが、この感じだと肋骨に罅入ってるな。でも、回復魔法を体の内部の損傷に使うには、高度な技量が必要だ。下手に自分でやるより、痛みに耐えて脱出した方が良いだろう。
「ごめん……入り口の方に走れば良かった……」
とは言え、落盤の範囲が判らないので、そっちに走っていれば本当に二人共潰されていた可能性はある。一先ず命があってラッキーか? 他に出口があるかもわからない坑道の中に閉じ込められた状態では、何とも言えないか。
「喋るな!」
精一杯いつもの声を出そうとしたけど、どうやっても苦しげになってしまう。僕は笑顔を作ってみたが、この暗闇では見える筈も無い。
「とにかく明かりだ!」
スツルム殿が手探りで周囲を探し始める。僕は体を起こし、衣擦れの音を頼りに彼女のマントを掴んだ。
「ドランク?」
「離れないで……」
互いの位置が判らなくなったらそれまでだ。それに、手探りを続けていたら手を怪我する。その手は剣を握る手だろう。
「……ドランク、魔法で明かりを出せないか?」
「僕……光の魔力は無いから……いつもの切り裂くやつと……炎しか……」
「……一瞬だけ火を起こしてくれ。持ってきたライトを探す」
可燃性ガスが出て来てたら心中行為だって事は、スツルム殿も良く解っているだろう。でも、僕もそれ以外に策が思い浮かばない。最悪、死ぬ気で僕が水を生成すれば良いか。
「おっけー」
スツルム殿が僕の手を取って立ち上がらせる。僕は片手を高く上げ、指先に小さな火を灯し、直ぐに消す。持ってきたライトが砕け散り、とても使えるような状態ではなくなっていたのは、僕もスツルム殿も、揺らめく炎の光の下に確認出来た。
「……ごめん……」
スツルム殿が謝る。
「あたしもちゃんと気付いてたら、お前があたしを抱えて走らなくても良かったのに……」
僕は返事をする代わりに、彼女の背を撫でた。構わないよ、最初から僕が籠の鳥のつもりで仕事をしている。それに、僕が死んだら、僕の遺産はスツルム殿に渡るように手配もしてある。
僕はいつ死んだって無駄死ににはならないし、僕を必要としてくれる人も居ない。でも、スツルム殿は違う。スツルム殿を必要としている人は居るんだ。彼女だけは此処から無事に出してあげなきゃ。
音が良く聞こえる様に、フードを外す。こんな大規模な落盤があるなら、フードごときで怪我が防げる筈も無い。
「……風がある」
僕は耳の柔らかい毛を揺らす空気の動きに気付いた。そういえばさっき、火も揺れていたな。
「換気口かもしれないけど……辿れば、山の表面近くには出れる筈……」
崩落し、完全に光を閉ざした入り口にはもう戻れない。僕達は魔物が居ない事を祈りながら、僅かな空気の流れを追って歩を進めた。
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