第3話:同じ場所、違う景色 [1/4]
世界の破滅に加担している。
「すっげーな、ドランクの奴。あいつ一人で大砲何台分だ?」
「大砲なんかじゃ比べ物にならないって! 大砲は真っ直ぐ飛ぶけど、ドランクの魔法は回り込むよ、ほら!」
敵陣の後ろ、紅葉が美しい山の斜面をごっそりと抉った。
「よし! 退路も補給路も塞いだ!」
「これで袋の鼠だな」
ドランクは味方の傭兵達の会話など聞いていなかった。ただ無心で魔法を繰り出し、敵陣へ送り込む。
開いた両の目は視点を固定させず、常に周囲に気を配っている。ふと、先程崩した山の木々が目に飛び込んだ。
綺麗な景色だったのになあ。その後悔に集中して、その下で土に埋もれたり、手足を吹き飛ばされたりした人間の事は、考えないようにする。
「もう良いよ、ありがとう」
嫌いな女の声が届いた。ドランクは宝珠を下ろす。
「突撃!!」
隊長が叫んで、彼女とドランク以外の傭兵は敵陣地へと一目散に駆け出した。
「助かったよ。悪いね、手伝ってもらって」
「先日の借りを返したまでです」
落ち着いた声で答える彼を、女は目を細めて見つめた。
「髪形変えたんだ? 縛ってる方が似合うのに」
「流石にドナさんも、僕の首は落とさないでしょ。これなら髪の毛を切られたりしませんからね」
「それは悪かったって。そんなに大事にしてるとは思ってなかったからさ」
「冗談ですよ。それに……この髪を受け継ぐのも、僕で最後ですから」
世界の破滅に加担している。だってスツルムとの間には、奇跡でも起こらない限り子供は産まれないから。
そのくせものの数分で、両の手で数えきれない数の命を、そこにあった幸せを、未来を、奪った。
二年前のドランクなら、だからといって気に病んだりはしなかった。転職して日が浅いのに「人間兵器」とありがたがられて、ほんの少し戦闘に参加するだけでも自軍の英雄になれるのは、寧ろ自尊心をくすぐった。
「……そうだねえ……」
ドナはドランクの言葉に含まれた意味を察する。それで思い悩んだ時期が、自分にも無いとは言わない。
「せいぜい大事にしますよ。それじゃ」
「待ちな!」
呼び留められ、怪訝な表情で振り返る。休日に駆り出されて来たのだ。早く町に戻って、小さな妻の体を抱きながら本を読んだりしたい。
「少し話をしないかい? こっちが勝つまで待ってくれれば、今日の内に報酬も出せるよ」
「なんでドナさんと一緒に時間潰しなんてしないといけないんですか。報酬はスツルム殿がギルドに行った時にでも渡してくれたら良いです」
「つれないねえ」
踵を返したドランクに、ドナは唇を尖らせる。
「スツルムの小さい時の話でも聴かせてあげようと思ったのにさ」
その言葉に、思わずドランクは足を止める。徐に振り返ると、ドナがいつものニヤニヤ笑いを浮かべていた。
「……帰ります」
少しの逡巡の後、ドランクはそう言い捨てた。ドナは意外な顔をしつつも、仲間を置いて戦場を離れる訳にもいかない。そう、と呟いて背を向けた。
必要以上の事は知らなくて良い。
特に、どうしてスツルムが世界の破滅に加担するようになったかなんて。
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