宇宙混沌
Eyecatch

反省しないと出られない部屋 [3/6]

 一応三回勝負という話だった。三回とも、開始から十秒持たずにエルーンは反則負けとなった。
 それでも、速さも強さも技術も、明らかに相手の方が上だった。それなのに形式上あたしが勝者となった事が、とてつもなく悔しくて理不尽だった。
「だからぁ~突き飛ばすのはルール違反なの。脚引っかけるのも服掴むのも」
「戦争にルールもクソもあるか」
 放課後。あたしは視察団を宿まで送り、今度こそ本当に仕事終わり。夜には同じ宿に戻るが、それまではまた暇だ。今度は街をぶらぶらしていたところ、例のエルーンと遭遇した。彼は買い物からの帰りらしく、大きな紙袋を小脇に抱えていた。
「戦争じゃなくて手合わせだしぃ~?」
「だったらルール守れよ……」
 あたし達は公園のベンチで、エルーンが買ってきたお菓子を摘みながら話をする。
「いやね、あの状況では背中を押すのが一番手っ取り早く無力化できるなーって思ったらもう手が出ちゃってて」
 やっぱり異常なのかなあ、と青年は俯く。話を聞けば、それで屋敷の者に手を上げてしまい、半ば追い出される様に此処に入学させられたのだとか。
「お父様は自分の事は棚に上げてさ……」
 その言葉に、こいつの家がどういう場所なのかを察する。蛙の子が蛙以外になるのは、とても難しい。
「傭兵には欲しい才能だな」
 半分はその力を羨んで、半分は持て余して苦しんでいる彼を慰める為に言った。
 もっと強くならなくちゃ。こいつみたいなのが本当に軍隊に居て、敵として現れたら生きて帰れないかもしれない。
「え? そうなの?」
「殺されない内に殺さないとな」
 こいつは、土地の水が体に合っていないだけだ。さっさと卒業して、自立すれば良いのに。
 エルーンはあたしの言葉に、唾を飲み込む。
「……殺した事あるの? 人を」
「まだ無い」
 まだ。でも、この仕事をしていればいつかはその日が来る。自分が殺されない限り。
「才能あるなら、僕も傭兵になろうかなあ」
「お前、国軍に入れるんじゃないのか」
「そうだねえ。伯爵家でアルビオン卒なら、最初から尉官は確実だね」
「将来安泰じゃないか」
「本当にそう思う?」
 悪戯っぽい瞳が横目であたしを見る。何気に初めて目が合った気がする。
「君達みたいな傭兵を雇って、隣国や市民が政権を倒しに来るかもしれないじゃない。絶対安全な土地や立場なんて存在しないよ」
 軟派な仕草で顔を近付けてくる。香水を付けているのか、生徒らしからぬ色っぽさを感じた。
「……自分が今居る場所を守る為に尽くせば良いだろ」
 心臓が高鳴る。身を離そうとしたが、エルーンはあたしの長い髪の一房を手に取った。
「そんな素敵な忠義や忠誠心が、持てれば良かったんだけどねえ……」
 その時、通りがかった下級生がエルーンに頭を下げた。どうやら校外でも、下級生は上級生に挨拶をするという慣習があるらしい。
「……確かに、守らなくても良いものも、この世にはあるな」
 ただ後に生まれたから、先に生まれた者を敬わなければならない理由は無いと思う。
「お前みたいなのを敬わないといけない下級生が可哀想だ」
 肩を押してさり気なく距離を取る。なんなんだこいつ、急に触ってきて。
「酷いなあ。僕、筆記試験はいっつも学年トップなんだからね?」
 するりと赤い髪が抜けたその指で、お菓子の最後の一つを摘まむ。
「なんでそれで卒業できないんだ……」
「卒業試験を無断欠席したからだね~」
 楽しそうに言う事か? 白い目で見たが、彼は暮れかかった空を見上げて呟く。
「子供は親に従え。若者は年寄りを敬え」
 ぱくり、と菓子を頬張って、飲み込んでから続けた。
「庶民は貴族に仕えよ。持てる者は貧しきに与えよ」
 言いながらぐしゃぐしゃと菓子が入っていた紙袋を潰し、遊具の向こう側にあるごみ箱に投げる。一発で入った。あたしでも惚れ惚れとする運動神経だな。
「人は生まれる場所やタイミングを選べないのに、それで生き方を決められるのは、うんざりだ」
 青年は立ち上がる。肌寒い風が巻毛の先を揺らした。
「……なんて、皆の前では言えないよ」
 じゃあ気を付けてね、と、エルーンは俯いて帰路に着いた。

 翌日も、その翌日も。あたしは教育委員達を学舎まで送り、時間になったら宿まで送る。それ以外の時間は完全に自由で、とても楽な仕事だった。
 ……のだが。
「何でお前が居る」
 何故か隣には青い髪のエルーン。
「えー? 暇だから?」
「授業に出ろ!」
「去年一回出てるも~ん」
 学校一の秀才だが素行不良の生徒と、よその島からやって来た自分達と歳の変わらぬ傭兵。奇妙な組み合わせはあっという間に注目の的になる。
「ようよう――の旦那~。将来の嫁さんは赤毛のドラフの可愛い子ちゃんですかい~?」
「異種族なんてお家が許してくれるんですかい~?」
 通りすがりの生徒が茶化す。エルーンは俯いたまま苦笑しただけ。それを聞いて真っ赤になったのは、あたしの方だった。
 こいつが隣に居る事が嫌じゃない事に気付いてしまった。
 そして、明日の昼にはこの島を発ち、離れ離れになってしまう寂しさにも。

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