反省しないと出られない部屋 [2/6]
……って、後をつけてきてしまった。
エルーンは北側の薄暗い部屋に閉じ込められる。あたしは廊下側の窓から中を覗き見た。
てっきり反省文の課題か、懲罰的な書き取りでもやらされるのかと思ったが、エルーンが座った席の机には何も置かれていない。
「……さっきの」
視線に敏感なのか、気配を殺していたのにすぐに気付かれてしまう。エルーンは立ち上がると、窓の鍵を開けた。
「……中から開くなら閉じ込めの意味が無いんじゃ?」
「僕程の問題児なら、普通はすぐ退学になっちゃうからね。懲罰に適した部屋が無いんだよ。此処はただの空き教室」
今度はそのまま、窓のすぐ横の机に座る。俯いた横顔を見上げて問うた。
「すぐ出られるのに逃げ出さないのは何故だ?」
反省するまで、なんておかしな判定基準だ。本当に反省したかどうかなんて、生徒本人にしか判らないのに。
「……何故、か」
考えた事もなかったらしい。エルーンは暫く目を瞬いていたが、結局返答は無く、逆に訊き返される。
「君、幾つ?」
答えると、じゃあ一年生くらいだね、と言われた。
「お前はどうして退学にならないんだ?」
「お父様がそういう風に圧力をかけてるから。別に構わないけどね。家に居るよりマシだし」
家に居るよりマシ。その気持ちは、あたしには解らない。
「でも領主様が死ぬ前には此処を出ないと」
「何故?」
「此処の決まりでね。領主が死んだら、生徒の中で一番強いのが次の領主になって、一生この島から出られない」
「一生? どうして?」
「星晶獣の話からしなくちゃいけない?」
面倒くさそうに口角を下げるので、じゃあ良い、と諦める。
「此処に居たい訳じゃないのか」
「当たり前でしょ。僕が何て言われてるか聞いたよね?」
「……ああ」
にしても、自分が生徒の中で一番強いって、自信満々すぎないか。
改めて彼の顔を見ると、此方もカタリナという少女に負けず劣らず整った相貌だ。
「僕、こう見えて優秀だからさ。教師も覚えさせる事がもう無いから、こうやって部屋で手持ち無沙汰にさせるしかないわけ」
まるで心を読んだかのような言動と、肩を竦めてみせた所作になんか腹が立つ。
「そんなに強いなら手合わせしたいな」
ふとそんな言葉が出てきた。エルーンは顔に手を当てて少し考える。
「僕は良いけど、君は上の人とかに許可取った方が良いんじゃない?」
許可は案外あっさり出た。エルーンが優秀だというのは本当らしく、アルビオン側としては教育指導の成果が実戦で通用するのかを確認したい。視察団も、アルビオンの指導方法をどれだけ取り入れるかの参考にしたい。
アルビオンの名誉はエルーンの生徒一人の肩にかかっている。エルーンの素行の悪さを考えると、試合中に変な事をしでかさないかハラハラといった体だが、とにかく手合わせ自体は行われる事となった。
「真剣は危険ですので、此方をお使いください」
学校指定の、刃の丸められた剣を借りる。ウォーミングアップを経て闘技場に出ると、観客席には生徒の野次馬もかなり居た。
「そっちは使い慣れてないし、ハンデが必要?」
「構わん」
戦場では時に、死んだ敵の剣を抜いて戦わないといけない事もある。プロを舐めないでもらいたい。
「始め!」
合図と共に動き出したのは、あたしだけだった。エルーンは向かってきたあたしを無駄の無い動きで避けると、背後に回ってあたしを突き飛ばす。転んだあたしの首元に、刃が光った。
「そこまで!」
負けた。こんな一瞬で負けるなんて。
「レギュレーション違反のため、――選手は失格!」
「……は?」
悔しさに噛み締めようとしていた唇から、思わずそんな声が出た。
「あーやっちゃった……」
ブーイングを起こす生徒達。またやらかした、と頭を抱える教師達。
「え?」
「僕の負けだよ」
そう言って差し出された手を、あたしは握り返す事が出来なかった。
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