反省しないと出られない部屋 [1/6]
それはあたしが傭兵業を始めて間も無い頃だった。
「ようこそおいでくださいました」
「こちらこそ、視察のお願いを聞き入れてくださいまして、ありがとうございます」
あたしは、とある国の教育委員会の視察の旅に付き添っていた。やって来たのはアルビオンの士官学校。あたしの仕事は、道中の護衛、及びアルビオン島での護衛。この島では、街中にも魔物が放たれているらしいからな。
「護衛の方々も、お寛ぎください。此処から先は生徒達が護衛致しますので」
もうかなりの歳に見える領主は、背後で整列していた少年達を示した。
「これはこれは。何年生ですか? この子達は」
「最終学年生です。ああ、アリゼ君だけは一年生ですね。大変優秀な生徒でして」
「カタリナ・アリゼと申します」
上背のある、一際顔立ちの良い女生徒が礼をした。あたしとは似ても似つかない、華があって育ちが良さそうな奴だった。
一行は生徒達に守られながら学舎を目指す。途中で領主が、生徒の一人に尋ねた。
「――君の姿が見えないが、逸れたかね?」
「いえ、彼は最初から来てませんよ。いつものサボりです」
「なんと……優秀なのに、こういう事にだらしが無いのは勿体無いね」
来賓護衛という折角の機会を、と嘆く領主に、教育委員が微笑む。
「アルビオンと言えど、指導困難な生徒は居るのですね」
「子供は十人十色ですからね。だからこそ、無限の可能性があるのですが」
無事に学舎に着いた後は、あたし達傭兵には暇が出された。視察が終了する時間まで、敷地内を自由に見て回ったり、街に出て休憩していても構わないとの事だった。授業の邪魔にならなければ、生徒達との交流も是非との事だ。
あたしは学舎の中を見学させてもらう事にした。故郷にこんな大きな学校は無かったし、あたしは初等学校しか出ていない。あたしと同じくらいの子達が、座学や実技に打ち込んでいる姿を見るのは新鮮だった。
「おい、――!」
運動場の端を歩いていると、先程不在を指摘されていた生徒の名が聞こえた。振り返ると、何人かの生徒が運上場と校舎脇通路を隔てる金網の所に居た。青い髪を上品にピンでまとめた、エルーンの生徒を囲んでいる。
「君、呼び出されてるぞ、早く行けって」
「先生カンカンだぜ? こりゃ懲罰部屋行きだな」
「……そう」
エルーンは興味が無さそうに言う。フェンスに背中を預け、俯いて腕組みしたまま動かない。生徒達は肩を竦めた。
「悪い事言わないからさ、今すぐ行って土下座して来なよ」
「内申に響いて、また卒業できなくなっても知らねえぞ」
「構わないよ」
その返答に諦めの溜息が複数。
「行こうぜ」
踵を返した生徒達があたしの横を通り過ぎる時、こう言っていた。
「貴族だからってお高く止まりやがって」
「実家がこの学校や島にめちゃくちゃ寄付してるらしいよ。それで先生達も強く言えないんじゃ?」
「その気になりゃ、いつだって金積んで卒業できるんだろ。だから留年してものうのうと遊んでられる訳だ」
「卒業したらしたで、国軍への就職は確実だろ? 良いよなー貴族サマってのは」
貴族。へえ、初めて見た。でも、ここでは皆制服だから、言われないと気付かないな。
「危ない!」
そんな事を思っていたから、グラウンドからの警告への反応が遅れる。振り向いた時には拳大のボールが目の前にあって、目を瞑る事しか出来なかった。
「……?」
衝撃が来ない。恐る恐る目を開けると、眼前には誰かの手の甲があった。
「すみませーん」
遠くから大声で謝る生徒に向かって、先程の青い巻毛の青年がボールを投げ返す。あたしが礼を言うより先に、彼は黙って校舎へと歩いて行ってしまった。
「――さん! こんな所に居たんですか!」
そしてすぐに教師に捕まり、声をかけられなくなってしまう。
「ずっと職員室から見える場所に居ましたが」
暗い声で反論する。教師は明らかに苛立った。
「貴方ねえ、折角のご指名を蔑ろにして、それでこの先社会で――」
教師は暫く説教を垂れる。一息吐いた所で、今度はエルーンの番だ。
「でも誰も僕の事を呼びに来なかったじゃないですか。それに、先方も護衛は連れていたみたいだし」
ちらり、と金の瞳が数歩後ろに居たあたしを見る。聞き耳を立てていた事がバレて恥ずかしくなり、慌てて目を逸らした。
「僕なんか必要無いでしょう」
……なんだろう。その言葉は妙に胸に刺さった。
教師も言葉に詰まる。ややあって、反省するまで懲罰部屋、とだけ言い、彼を何処かに連れて行った。
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