第6話:勘が鋭いジータちゃん [3/4]
「ドランクってツチノコ見た事ある?」
私はテーブルの向かいに座って魔法書を読んでいた男に尋ねた。卵色の瞳が私の顔を見る。
「ツチノコ? また急にどうしたの?」
「この本のコラムに載ってて」
隣のグウィンが、一緒に読んでいた図鑑を示した。
「目撃情報、結構あるみたいで」
「ドランクは野営とかも沢山してきたでしょ? 見た事ある?」
「野営してても、蛇が来たら魔法で追い払っちゃうよ〜」
「なんだー無いのかあ」
「見付けたら捕まえて養殖して、裏ルートで高値で売りたいよね」
ドランクはそんな冗談を言って、魔法書に戻ってしまう。私も再びグウィンに顔を近づけて、図鑑を覗き込んだ。
「見てみたいよねーツチノコ」
「そんなに気になります?」
「だって幻の魔物だよ!? ほら、お金を呼び寄せるご利益があるって書いてあるし」
「伝承ですけどね」
「グウィンはリアリストだな〜」
姿勢を戻し、ふと窓の外を見て慌てた。
「いっけない! すっかり長居しちゃった」
ドランクは宣言通り奢ってくれた。風が冷たい。早く戻ろうと急ぎ足になって間もなく、ドランクが声を上げた。
「買い忘れを思い出しちゃった」
その口調はごくごく普通を装っていたけど、流石にそこは私とドランクの付き合いだ。ほんの僅かな嘘の匂いを嗅ぎ取って、私は微笑む。
「わかった。皆にもそう伝えとくね」
そう言って一旦別れてから、私は踵を返した。
「グウィンは先に戻ってて」
「え? 何処に行くんです?」
「ドランクの後を追う。あの人、厄介事を自分一人で片付けようとする癖があるから」
「……それ、ジータもじゃないですか。自分も付き合います」
「本当? ありがとう」
そうして私達はドランクの後を追った。ドランクは考え事をしているのか、珍しく私達の追尾に気が付かなかった。
「誰か居ますね」
耳を欹てて、物陰から塀の上の人物と、その下で立ち止まったドランクの会話を盗み聞く。途切れ途切れにしか内容は聞き取れなかったが、塀の上の人物が秩序の騎空団である事は判った。
「やば、ドランク逮捕されちゃうかも」
「何か悪い事したんですか? あの人」
「そりゃもうたっくさん!」
いつでも制止に走り出せるように見守っていると、ドランクがやがて言った。
「わかりました。協力しましょう」
そして塀の上に跳び上り、秩序の騎空団から何やら書類を見せてもらう。空はすっかり暗くなり、騎空団員が持っていた灯りが書類越しに透けた。
「……大丈夫そう、かな」
「どういう事です?」
「逮捕しに来たんじゃなくて、傭兵として雇いに来ただけみたい」
だったら私の出る幕じゃない。
「ごめんね、付き合わせちゃって。グランサイファーに戻ろう」
「良いですよ別に」
暗いけど、港の方角は解っていた。山で星が見えない方向の反対側だ。
「ん?」
暫くして、グウィンが首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや、気の所為――」
グウィンがそう言いかけた時、それは私の視界にも入ってきた。
民家の窓から漏れる明かりに照らされ、その隙間ににゅるりと入って行った妙なフォルム。
「見ました?」
「見た」
「今のって……」
「ツチノコ?」
頷き合い、その影が消えた隙間へと駆け寄って覗き込む。暗くて何も見えない。杖の先に光を灯して照らしても、もう既に何も居なかった。
「反対側から出て来るかも」
さっきは興味薄そうだったのに、実際に見かけてグウィンは熱を上げたらしい。
「だね! 裏に回ろう!」
こうして私達の一夜の冒険が始まった。
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