宇宙混沌
Eyecatch

剣を持たぬ騎士


「ねえ聞いた~? ――先輩とあの傭兵さんがくっついたって話!」
「一年生が公園でデートしてるところ見たらしいよ」
「つか、昨日稽古場でヤってたってマジ?」
「え、それヤバくね? まあ、如何にも遊んでそうな雰囲気の人だけど……」
「反則もわざと相手の体に触ってるみたいに見えたもんねー」
「あの子もあの子じゃない? なんであんなぴっちりした服を着てるのかしら」
 人の口に戸は立てられない。目撃した女生徒には箝口令が出されたと聞いたが、たった半日でこれだ。
「居た居た」
 僕は翌日も図書室へは直行せず、彼女の姿を探す。今日は屋上で景色を眺めていた。その隣に並ぶと、凄まれる。
「何でお前が居る」
 君を守る為だ。今この状況で一人校内をうろつかせたら、誰に何を言われるかわかったものじゃない。
 けど、そう正直に言うつもりも無い。
「えー? 暇だから?」
「授業に出ろ!」
「去年一回出てるも~ん。何度も言わせないでよ」
 はあ、と小さな溜息が溢れる。
「昨日は散々だった。教官には質問攻めにされるし、雇い主にも小言を言われるし……」
「あはは、ごめんねえ」
「反省したならもう付き纏うな」
「残念ながらそうもいかなくて」
 少女が首を傾げて見上げてくる。きらきらと炎が揺らめく瞳と、ふっくらとした丸い頬。
 どうせあの噂は当分燻り続けるだろう。だったら、いっそ真実にしてしまおうか。
「――?」
 少女が僕の名を呼ぶ。それはこの三日間で初めての事だった。
「あ、いや、何でもない」
 湿った唇から目を逸らし、伸ばしかけていた手を下ろす。
「もうすぐお昼だし、人増える前に早めに食堂行かない?」

「ようよう――の旦那~。将来の嫁さんは赤毛のドラフの可愛い子ちゃんですかい~?」
「異種族なんてお家が許してくれるんですかい~?」
「…………」
 全部受け流してみせるさ。僕は何を言われたって構わない。
 無反応な僕に肩を竦めた生徒達が去った後で、少女が問う。
「……お前、何で黙ってるんだ?」
「何でって?」
「色々言われて、悔しくないのか?」
「別に」
 それで君の事が守れるなら。
 君を悪く言われるのは耐えられなかった。面と向かって言ってくる奴が出てきたら、多分、僕はまた人を殴っていたと思う。

「連絡先?」
 彼女は用心棒の仕事がある。時間になったので、視察団との待ち合わせ場所に彼女を連れて行くと、別れ際にそんな物をねだられた。
「あ、あたし、明日には発つから。手紙、書く……」
「そっか。短かったね……って、三日も視察したら十分か」
 手帳を取り出し、必要事項を書く。ページを破って持たせた。
「でも、ごめん」
 僕はもう決めたんだ。
「返事は書けないと思うな」
 近い内にこの島を出るって。
「……そう、か……」
「明日の何時に発つの?」
「昼過ぎ」
「桟橋は?」
「一番右の、中型艇」
「わかった。行けたら行くよ、見送り」
 少女は寂しそうに目を潤めた。その光をずっと見ていたかったけど、視察団から警戒した視線をずっと寄越されていたので、程々にして別れを告げた。
 ごめんね。「行けたら」なんて絶対無いのに、嘘吐いちゃった。だってそう言うのが一番喜ぶかなって思ったから。
 僕は帰り道に迂回して、港の下調べをする。一番右の桟橋。
 アルビオンに客船は殆ど来ない。定期的に来る商船には、常時プロの警備がついていて、とても忍び込めない。
 けど、今この艇は蛻の殻だ。しかも、明日の昼まで、ずっと。
 僕は下宿へと駆け出す。決行は今夜、魔物すらも寝静まった時間帯。
 蛙の子は蛙にしかなれなかった。そうしてこの井戸に閉じ込められても、水があるからそれで良いと思っていた。
 井戸に蓋をしていたのは、両親でも、教官でも、ましてや同級生達でもない。誰も蓋なんて置いていない。僕がただ上を見なかったから、てっきり置いてあるのだと信じていただけだ。
 自分の部屋で制服を脱ぎ、ハンガーにかける。用意してあった動きやすい服に着替え、髪に留めていたピンを一本一本、全て外した。
 短い髪をなんとか無理矢理縛り上げて、僕は荷物を点検する。剣は一応持って行こう。他の戦闘術を身につけるまでは、これが命綱だ。
 簡単に部屋を片付けて、最後に机に向かう。
『僕の事は死んだと思って、探さないでください。先生達の責任ではありません』
 置き手紙をわかりやすい位置に置いて、時計を見た。まだ何時間もあるけど、今日は絶対に遅刻できない。
「……皆にさようならだ」
 地位も、名誉も、この名前さえ置いて行く。この島を出た先で、どのくらい生き延びられるかも、また生きて誰かと再会できるかも未知数だ。
 不思議とあまり寂しくはなかった。我ながら薄情だなあ、と思いつつも、僕の人生に、別れを惜しむ程良い影響を与えてくれた人が居ないのだ、と考えれば納得がいった。
 ああ、でも、あの子の住所くらいは、聞いておけば良かったかな。各地を転々としているなら、どうしようもないけど。
 暗くなってきたので、蝋燭に火を灯す。揺れる光は彼女の瞳にあったものと同じで、これから先、見る度に彼女が側に居ると思えそうだった。

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