剣を持たぬ騎士 [6/8]
「あれ? 今日も居るの?」
翌日。昼前に登校すると、赤毛の少女が中庭の花を眺めていた。
「ああ。視察はまだ続くからな」
「へー熱心だねえ」
「遠路はるばる来たんだから、当たり前だろ」
僕は図書室に行くのをやめて、彼女の隣にしゃがみ込む。
「……お前、授業は?」
「昼過ぎの実技には行く」
「他のは?」
「行かな~い」
「はあ……それで怒られないのか?」
「別に。言ったでしょ? もう教える事が無いって」
再度溜め息を吐く少女に、笑いかける。
「手合わせしよっか」
「え、でも」
「校内で、練習用の剣なら生徒同士で勝手に手合わせしても良いんだよ」
「あたしは生徒じゃないぞ」
「解ってるよ。だから内緒ね。ちょっと待ってて」
僕は荷物を彼女に預けると、職員室へ。昼休みに入った所で、教官達は昼食や次の授業の準備で忙しい。そっと壁のキーホルダーから、使われていない稽古場の鍵を盗み出した。
番号を確認する。三番か……次の授業の場所だし、早めに終わって着替えておけば、準備しただけだって思ってもらえるな。
少女を拾って稽古場へ。彼女が練習用の剣を物色している間に、此処で着替えて良いか確認する。
「良いけど、お前が良いのか?」
「更衣室への移動で人に見られる方が心配。早めに終わって着替えても良いけど、君とできるだけ長く対戦したいし」
横着して上着とシャツをまとめて頭から抜いた時、髪留めのピンが服に引っかかった。
「あいたた」
「どうした?」
振り返った少女に、上半身裸で髪が乱れた姿を見られる。
「いやんえっち」
「はぁ!? お前が急に痛いとか言うからだろ!」
「痛! ちょっと剣で刺すのは駄目でしょ流石に」
「うるさい!!」
「誰か居るのー?」
その時、声を聞きつけた通りすがりの生徒が稽古場の扉を開いた。
「え、マジ?」
彼女が見たのは、半裸の僕と、その僕に手首を押さえられて床に尻もちをついた少女。
やっていない事の証明は悪魔の証明だ。というか、この時ばかりは、僕が彼女の立場でもこう思ったと思う。
学校一素行が悪い生徒が、後腐れなく襲える相手として、来賓付き添いの傭兵に手を出した、ってね。
「…………」
「…………」
司書室には沈黙が流れていた。生徒指導の教官は、汗で光る額を拭ってからそれを破る。
「――君」
「はい……」
「彼女にも話を聞いたよ。手合わせをしたかっただけだと言っていたけど、それは剣術の話だよね?」
「と、当然ですよ」
「黙って鍵を持ち出したのも、君が裸だった事にも理由があるんだよね?」
「黙って持って行ったのはすみません。ちゃんと相談したら昨日は大事になっちゃったから。脱いでたのは、更衣室に行くのが面倒であそこで着替えてて……」
教官は言葉が切れた所で立ち上がり、お茶を淹れる。カップを一つ、僕の前に置いた。
「彼女と話している時は、君の笑顔が見れて良かったと思っていたんだけど」
教官は椅子に座り直す。改まって言った。
「君は将来、――家を継ぐという立場だ。ご両親の顔に泥を塗る様な事はやめなさい。それに、君が何者であれ、付き合う相手は慎重に選んだ方が良い。恋人としても、友としてもね」
……何、それ。
てっきり、乱暴は良くないとか、学生に相応しくない遊びはやめろとか、そういう事を言われるのだと思っていた。
結局貴方も保身に走るんだ。それにその言い方、まるで彼女が悪いみたいに。
僕は返事も、反論もしなかった。もうする気も起きなかった。
椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がる。驚いた様子の教官を無視して、荷物を掴むと足早に校舎を出た。
「クソッ、どいつもこいつも!」
道で出会う魔物を片っ端から殺していく。挑発する僕と仲間の血の匂いに誘われ、どんどん集まってきた。
掌が返り血で濡れて、剣が握れなくなって漸く、冷静になった。最後の一匹は蹴りを入れて首の骨を折る。顔を上げると、咆哮を聞きつけた住人が、恐る恐る民家の窓から此方を窺っていた。
「騒いですみません。いつもより魔物が多かったので。もう大丈夫ですよ」
作り笑いをして、魔物の血を滴らせながら下宿に戻る。
僕、あの先生の事は嫌いじゃなかったのにな。
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