剣を持たぬ騎士 [5/8]
「あっ」
「あ」
早速脱出準備の買い物をしていたら、例の少女と街中でばったり遭遇した。
「さっきはごめんね? 胸掴んじゃって」
「別に。わざとじゃないだろ? それより、れぎゅれーしょん違反って何だ?」
その時、魔物の声がする。僕は買い出しの荷物を少女に押し付けた。
「別に守って貰わんでも」
「一応、君はお客さんだからね」
外出時に提げているのは真剣だ。道の向こうから現れた魔物を、抜いた刀身で地面を掻いて挑発する。飛びかかってきたところで、腹を斬り裂いた。
「上手いな」
「これが一番体力使わないで済むんだ。血で汚れるのが難点だけど、汗かいたり爪で破かれるのと大差無いでしょ」
汚れた上着を脱いで、かかった返り血を軽く振り落とす。
「あーあ、着替えてから出かければ良かったな」
制服の替えは沢山あるから良いか。それに、一枚くらい駄目にしても、もう問題無いだろう。
上着を着直したところで、荷物を返される。
「ん」
「ありがと。それじゃ」
「ちょっと待て」
受け取って踵を返したが、呼び留められて足を止める。
「何?」
「もう一回手合わせしてくれないか?」
「今度はベッドの上で?」
きょとん、と首を傾げられる。流石に通じないか。
「冗談冗談、今のは忘れて。でもごめん、校外で魔物以外に剣を抜くと、厳し~い罰則があるんだ。謹慎とか退学とか」
「そうか。仕方ないな」
そこでまた魔物の足音がする。まったく、道端で世間話も出来ないんだから、この島は。
「こっち」
僕は魔物が潜む道を避け、公園へと彼女を連れて行く。
「この公園には魔物が嫌う木が植えてあるから、少しはゆっくりできるよ」
ベンチに座って、荷物の中からお菓子を取り出す。勉強する時に摘まんでいる物で、ついいつもの癖で買ってしまった。
「食べる?」
少女はこくりと頷いて、隣に腰を下ろす。試合の結果に不服のようで、さっき訊かれて忘れていた質問を繰り返した。説明したが、納得してくれない。
「だからぁ~突き飛ばすのはルール違反なの。脚引っかけるのも服掴むのも」
「戦争にルールもクソもあるか」
「戦争じゃなくて手合わせだしぃ~?」
「だったらルール守れよ……」
「いやね、あの状況では背中を押すのが一番手っ取り早く無力化できるなーって思ったらもう手が出ちゃってて」
そう。考えるよりも先に、手が出ていた。
「やっぱり異常なのかなあ」
僕はお父様を背後から突き飛ばして、今度は僕に向かって腕を振り上げる彼を、何度も殴って大人しくさせた。
だってお父様は僕の言葉に耳を傾ける人じゃなかったから。
「やっぱりって?」
「……実家に居た時にね、何度か人に暴力を振るっちゃってさ。アルビオンに入れられたのも、要は体よく追い出されたんだよね。……お父様は自分の事は棚に上げてさ……」
僕が庇ったお母様すら、僕の味方はしてくれなかった。今まで以上に腫れ物を触る様な態度で、ただ、「貴方は異常よ」、と。
君は特別だって言われる事も、お前は異常だって言われる事も、言う側の心理を考えれば大差無い事が解る。互いの間に越えてほしくないラインを引いて、自分とお前は違うんだって、示す行為だ。
決して誉め言葉でも、貶める言葉でもない。ただ住んでいる世界が違うんだって、言いたいだけ。
けれど、そうだな。心の中で思う分には構わないけど、口に出さないでほしかったな。
「傭兵には欲しい才能だな」
少女はお菓子を口に含む合間に、そんな事を言う。
「え? そうなの?」
「殺されない内に殺さないとな」
平然とそんな言葉が出てきて、頭おかしいんじゃないの? と一瞬思った。その言葉が口からついて出ないように、唾を飲み込む。
「……殺した事あるの? 人を」
「まだ無い」
まだ。でも、いつかは。
冷静になればおかしな事など何も無い。傭兵は、端的に言えば戦争で食べていく仕事だ。そして、血の流れない戦争なんて殆ど無い。
アルビオンで、人を殺す心構えを教えてもらった記憶など無い。それは、此処が騎士を育てる学校だからだろうか。騎士が戦う相手には当然、命懸けで此方の命を狙ってくる、敵国の傭兵だって居るというのに。
軍人になって、直接間接を問わず、人を一人も殺さずに済む確率と、沢山の人を死なせる確率。自分が無事に定年まで生き残った場合、どちらが高いかなんて、明白じゃないか。
ああ、でも、これではっきりしたな。色々な事がアルビオンの教育には足りていない。
「才能あるなら、僕も傭兵になろうかなあ」
「お前、国軍に入れるんじゃないのか」
「そうだねえ。伯爵家でアルビオン卒なら、最初から尉官は確実だね」
「将来安泰じゃないか」
「本当にそう思う?」
僕は顔を上げた。少女と目が合って、その瞳の色も赤い事にやっと気付く。
「君達みたいな傭兵を雇って、隣国や市民が政権を倒しに来るかもしれないじゃない。絶対安全な土地や立場なんて存在しないよ」
光の加減で濃さが変わる。良い色だな、と僕はその目を覗き込んだ。
「自分が今居る場所を守る為に尽くせば良いだろ」
「そんな素敵な忠義や忠誠心が、持てれば良かったんだけどねえ……」
髪の色と同じかな? と一房手に取った時、公園の中を横切ろうとしていた下級生に挨拶される。
「「お疲れ様です!」」
下級生達は僕の返事を待たずに、てててと走って行った。何か知らないがきゃあきゃあと楽しそうに、二人して顔を寄せて話し合っている。
「確かに、守らなくても良いものも、この世にはあるな。お前みたいなのを敬わないといけない下級生が可哀想だ」
少女の髪が指から抜けたので、そのままお菓子の最後の一つを摘まむ。
「酷いなあ。僕、筆記試験はいっつも学年トップなんだからね?」
「なんでそれで卒業できないんだ……」
「卒業試験を無断欠席したからだね~」
白い目で見られた。まあ、理解出来ないよね、普通。僕も当日までは行くつもりだったんだし。
僕は暮れかかった空を見上げて呟く。
「子供は親に従え。若者は年寄りを敬え」
ぱくり、と菓子を頬張って、飲み込んでから続けた。
「庶民は貴族に仕えよ。持てる者は貧しきに与えよ」
言いながらぐしゃぐしゃと菓子が入っていた紙袋を潰し、遊具の向こう側にあるごみ箱に投げる。一発で入った。自分でもこの運動神経には惚れ惚れするね。
……でも、これは僕の努力の賜物で、僕の能力で、僕の身体だ。他の誰の為でもなく、僕の為に存在するものだ。
「人は生まれる場所やタイミングを選べないのに、それで生き方を決められるのは、うんざりだ」
だから、持たぬ誰かの為に使えなんて、黙って従うつもりは無いよ。
僕は立ち上がる。少女に背を向けたまま、自分を嘲笑った。
「……なんて、皆の前では言えないよ」
僕は自分の発する言葉が持つ力を、その立場を、きちんと理解しているつもりだ。
こんな、必死でしがみつく価値すら見い出せない立場を、崩してくれる人が来ないか待っていたんだ。でも、そんな日々も、もうすぐ終わる。
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