宇宙混沌
Eyecatch

剣を持たぬ騎士


 ……なんだか大事になっちゃったなあ。
 僕は闘技場の観客席でざわついている生徒達に、溜息を吐いた。授業で使ってない稽古場をちょっと借りるだけで良かったんだけど。百歩譲って視察団が見学するのは良いとしても、授業中の生徒まで呼ぶ必要ある?
 練習用の剣で調整を終えた少女が闘技場に出てくる。にしても、ドラフの女の子って小さいんだなあ。実技の授業は男女別の事が多いし、僕はハーヴィンを除けば結構背が低い方だ。自分より小さい相手には慣れていない。
「そっちは使い慣れてないし、ハンデが必要?」
「構わん」
 寧ろそっちにくれてやる、という言葉が出ないか試してみたが、淡白に返されて肩を落とす。怪我しないと良いけど。
「位置について……始め!」
「やあぁぁぁぁぁ!」
 僕はその時、生まれて初めて僕より初動が速い人を見た。
 びっくりして動けなくて、すんでの所で左に跳び退いた。振り向こうとする少女の背を、思いっきり突き飛ばす。転んだ少女の首に、切っ先を突き付けた。
「そこまで!」
 真剣じゃないから当たっても死ぬ事は無い。そんな事は解っていた。
 けれど、そんな事を忘れさせるくらいの、気迫があった。
 此処で手を出さなければ、[]られる。
 あの日の事がフラッシュバックした。その時お父様はいつになく酷く怒っていた。お母様との口論の末、棚の上にあった花瓶を手に取って――
「レギュレーション違反のため、――選手は失格!」
「……は?」
 審判の言葉と、少女の間の抜けた声に我に返る。
「あーやっちゃった……」
「え?」
「僕の負けだよ」
 差し出した手を、少女は取ってくれなかった。自分で立ち上がると、どういう事かと訊いてくる。
「反則負け」
 それだけしか伝えられなかった。審判が次の試合の為、所定の場所につくように指示する。息を整えて、再び構えた。
「始め!」
 少女はまたも真っ直ぐに襲い掛かって来る。僕も今度は立ち向かった。
「ハァッ!」
 少女の掛け声と共に、刃が火花を散らす。斬撃は想像以上に重い。だが、向こうはこれで弾き飛ばすつもりだったのだろう。まだ柄を握っている僕に目を丸くした。
 けど、これじゃ防戦一方だな。
 そう思った時には体が動いていた。右手で強く剣を握り、左手を離して地面に突く。そのまま足を前方に伸ばして、少女の足を掬った。
「そこまで!」
 僕の上に倒れてきた少女を受け止める。少女はパッと姿勢を正すと、審判に抗議した。
「おい、まだ決着は――」
「着いています。レギュレーション違反ですよ」
 審判は後半は僕に向かって言う。
「解ってますよ」
「既に勝敗は確定していますが、三戦目を行いますか?」
「当たり前だ」
「僕も構わないよ」
「それでは両者準備を……始め!」

「――さん! また貴方は!」
 三戦目。僕は相手の胸倉を掴んでしまった。当然、反則負けだ。
 でも、ルールが何だっていうんだろう。規則を理解できるのは、同じ言葉を話す人間だけだ。理解したからと言って、守ってくれる保証も無い。
「だってあっちは何でもアリじゃないですか」
「当たり前でしょう! 先方は此方のルールを知らないんですから――」
「そう、それです。実戦でルールなんて――」
 そのまま教官と口論になる。主張に詰まった教官は、最後にこう言った。
「ええい、口答えしない! まったく、貴方はアルビオンの恥ですよ。此処の生徒として相応しい振る舞いをする気が無いなら出て行きなさい」
「……そうします」
 言われなくてもそうする。さっきの試合で良く解った。
 三回も勝負して、結局僕は一度も剣を使った反撃を行えなかった。いくら型に嵌った剣技や練習試合が得意でも、これでは到底実戦では通用しない。
 僕に剣術は向いていないんだ。使えない技術は知らないのと同じ。これだけ毎日練習しても身に付かないのなら、此処から更に努力するのは労力の無駄でしかない。
 僕は闘技場を出ると、そのまま荷物をまとめて早退した。
 この小さな島に詰められた知識なんかで、満足していてはいけなかった。
 僕には行きたい場所なんて無い。でも、もうこの場所に用が無いのは解る。
 だったら一歩踏み出せば良い。だって、いつでも出て行けるのだから。

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