剣を持たぬ騎士 [3/8]
「――さん、反省するまで懲罰部屋に居なさい!」
で、無断欠席すればこうなるのだけど。
薄暗い空き教室へ放り込まれる。教官が去ってから、中央付近の席に座った。
懲罰部屋と言っても、僕に何をさせるかは教官達も頭を悩ませた。反省文の課題は、そんなものに教育的意味が全く無い事をつらつらと述べ立てていたら、いつの間にか言われなくなった。しかし、勉学を懲罰に使うのはアルビオンの教育方針に反する。
強いて言えば「見せしめ」が僕への懲罰だろう。此処はごみ捨て場に近く、休み時間はそれなりに生徒の通行がある。衆人環視の中、勉強も読書もできずに手持ち無沙汰にしているのは、それなりに苦痛だ。
まあ良い。最近は慣れてきて、机の中に本を隠してあった。集中してしまえば周りの目は気にならないし、読み終えたら良い時間だろうから――
そこで視線を感じた。さっき、授業開始のチャイムは鳴った筈だが。
「……さっきの」
振り返ると、廊下から赤毛のドラフの少女が此方を覗いていた。
無造作に伸ばされた髪。服装は制服ではなく、身体の線が出るぴったりとした戦闘服だった。彼女の脚の長さと然程違いの無い大剣を背負っている。
此処の生徒ではない。恐らく来賓が護衛として連れてきた傭兵だ。さっき運動場で見かけた。
僕は立ち上がると、窓の鍵を開けた。少女は目を丸くする。
「中から開くなら閉じ込めの意味が無いんじゃ?」
「僕程の問題児なら、普通はすぐ退学になっちゃうからね。懲罰に適した部屋が無いんだよ。此処はただの空き教室」
何の用かは知らないが、客人をぞんざいに扱うつもりはない。窓のすぐ横の机に座って、相手の言葉を待つ。
「すぐ出られるのに逃げ出さないのは何故だ?」
「……何故、か」
何を言い出すかと思ったら。でも、何故、か。
何故だろう。言われてみれば確かに。此処で本を読むくらいなら、教官の監視がなくなってすぐに図書室に戻れば良い。部屋の鍵は中から開くし、教官は最早、一々いつまで僕が此処に居たかを確認する事もしない。
「……君、幾つ?」
答えが出ないので逆に問う。
「十四」
「じゃあ一年生くらいだね」
それにしても、こんな若さで傭兵とは。しっかりしてるなあ。僕なんて二十歳を目前にしてまだモラトリアムなのに。
「お前はどうして退学にならないんだ?」
「お父様がそういう風に圧力をかけてるから。別に構わないけどね。家に居るよりマシだし」
あの家に戻りたくない。卒業試験の日、僕がそんな思いに囚われていると、ベッドから起き出した時にはもう日が暮れようとしていた。
「でも領主様が死ぬ前には此処を出ないと」
「何故?」
「此処の決まりでね。領主が死んだら、生徒の中で一番強いのが次の領主になって、一生この島から出られない」
「一生? どうして?」
「星晶獣の話からしなくちゃいけない?」
矢継ぎ早に質問され、流石に苛立ちが声に出た。
「じゃあ良い。……此処に居たい訳じゃないのか」
「当たり前でしょ。僕が何て言われてるか聞いたよね?」
自分で答えた言葉に、はっとした。
此処に居たい訳じゃない。じゃあどうして卒業試験に行かなかった?
答えは簡単だ。家に帰りたくないから。
そして、他に何処にも行く所が無いから。
「……ああ」
少女は目を細めて僕の顔を覗き込んでくる。残る質問は、懲罰なのに何もしないのか、辺りかな。
「僕、こう見えて優秀だからさ。教師も覚えさせる事がもう無いから、こうやって部屋で手持ち無沙汰にさせるしかないわけ」
肩を竦めると、少女は意外な事を口にした。
「そんなに強いなら手合わせしたいな」
僕は顔に手を当て、少し考える。
随分好戦的な子だな。それとも傭兵って皆こうなのかな。
知らない人と刃を交わすのはちょっと怖いけど、この学校には教官も含めて僕より強い人はもう居ないし、やってみるのも良いか。
「僕は良いけど、君は上の人とかに許可取った方が良いんじゃない?」
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