剣を持たぬ騎士 [2/8]
暴力の件が明るみになってからは極力目立たない様にしていたけれど、成績の良い僕に近付いてくる人は、生徒教官問わず後を絶たない。
試験で手を抜けば良いとは解っていた。しかしそれでは、本当の問題児として実家に報告され、見張り役の使用人を送り込まれる可能性もある。第一、折角自分の力量を試せる機会で手を抜くなんて、勿体無い。
「この前の試験も凄かったね」
司書室の隅を借りて行ういつもの面談で、教官はにこにこと僕の成績表を眺める。
今回は満点マイナス四点。筆記でのしょうもないスペルミスと、剣舞でうっかり手順を飛ばしかけたミス。前より酷い。
「勉強は楽しい?」
「それは、まあ」
教官は成績表を折り畳み、渡してくる。借りた本に挟んだ。
「今日も遅刻したの?」
「また時計を見るのを忘れてて……」
集中してしまうと、いつもこうだ。点呼に出る気が無い訳じゃない。
「あまり思い詰めないで。人は誰でも苦手な事がある。君は他の人に比べて、勉強は良く出来すぎているくらいなんだから、多少の欠点で自信を無くすことはないよ」
「そうですか」
「それでね」
教官は椅子に座り直すと、身を乗り出してきた。
「今度、来賓があるんだ」
「へえ。何か行事とかありましたっけ」
「無いよ。――国の教育委員会が、視察に来たいと申されて。君にも、その人達の警護をしてもらいたいんだ」
「何故です? 来賓も道中の護衛は付けているでしょう?」
「まあ、優秀な生徒の紹介も兼ねてだよ。他にはブラック・クラスの――君達と、そうそう、一年生のアリゼさんとか」
「一年生? には危なくないですか?」
「アリゼさんは特別良く出来る子でね。一年生からは一人だけだよ」
「へえ。良く出来るって、僕くらい?」
ははは、と教官は笑う。
「これは失敬。そうだね、今はまだ、君には敵わないね」
面談を終え、図書室を出る。天気良いし、午後は屋上でゆっくり読書しよう。
「教師に色目使ったんじゃないの」
すれ違いかけた同級生達の一人がそんな事を言って、一瞬自分の事かと思って顔を上げた。廊下の先では、ブロンドを肩の辺りまで伸ばした赤い制服の女生徒が、背を向けて肩を震わせている。
確信は無いが、あの少女が贔屓された、と悪口を言っている様に思えた。
「その理屈で行くと、留年生の僕が選ばれたのも、僕が色目使った事になるねえ」
「「「うわああっ」」」
何故か同級生達は飛び上がる。まあ、僕もうっかり声に出しちゃっただけなんだけど。
「驚かすなよ……」
「つかどっから出てきた?」
「普通に図書室から歩いてきてたんだけど、気付かなかった?」
僕は廊下の突き当たりの扉を示す。
「って、お前も護衛隊に選ばれたのか……」
なんだ、同じ護衛隊の話だったのか。と、いう事は、あの背の高い子がアリゼか。
「まあね。全校生徒の中から実技の成績優秀者をピックアップしてるんでしょ。まかり間違っても来賓に怪我をさせる訳にはいかないし」
「お前、選ばれたからにはちゃんと行けよ?」
僕の事は、贔屓だなんて彼等は言わなかった。その歪さに辟易する。
「どうしようかなあ。必要無いと思うし」
アルビオンの魔物より、島々の間を飛んでいる魔物の方がよっぽど質が悪い。それらに対する用心棒を向こうは既に雇っているはずで、いくら優秀と言えど、生徒の寄せ集めなんてプロに比べればただのお飾りだ。
「いっそ行かない方が何かやらかす心配も無いんじゃない?」
そういう道具として扱われるのは、僕はごめんだよ。
「やらかす気満々なのかよ」
「ん~。お客さんの中に可愛い子ちゃんが居たら、手を出しちゃうかもねー」
「お前、冗談でもそういう事言うから、メイド孕ませただの教官とデキてるだの言われるんだぞ?」
「僕の事信用してくれる訳? 嬉しいな~」
同級生達が揃って溜息を吐いたところで、予鈴が鳴る。
「お前も授業来るか? 次は歴史」
「いや、去年受けたから良い。それじゃね」
「……あいつぜってー明日行かねーわ」
「何ルピ賭ける?」
「十ルピ」
「少なっ」
背後から聞こえてくる会話も、階段を昇ればもう届かない。
良いよ、十ルピね。勝たせてあげようじゃない。
♥などすると著者のモチベがちょっと上がります&ランキングに反映されます。
※サイト内ランキングへの反映には時間がかかります。