宇宙混沌
Eyecatch

優しい嘘


 この島の土を踏むのは何年振りだろう。僕はチャーターした騎空艇を降りて、街全体を囲う城壁を見上げた。
 スツルム殿に来た、アルビオン士官学校の臨時教員の依頼。僕はその間遺跡のハシゴでもしようかと思ったが、封筒の中には僕への依頼文も入っていた。
 コンビで仕事をしている事への配慮に見せかけて、その実、呼ばれているのは僕の方なのだろうと第六感で察する。何故今このタイミングで、とは思うものの、この島には残していった物が多すぎた。
「制服、変わってないんだねえ」
 校門から中を覗き、呟く。スツルム殿は相槌を打って呼び鈴を鳴らそうとしたが、その前に金髪の若い女性が建物から駆けてきた。
「お待ちしておりました! すみません、この様な格好で……」
 さっきまで実技を指導していたのだろう。運動着に防具を付けたままで、結った髪はやや乱れている。手が足りていないのは本当の様だ。
「あー、僕達は別に急いでないし、先に着替えてきてもらって大丈夫ですよ」
「お気遣いありがとうございます。では少しの間、応接室の方でお待ち下さい」

 応接室の窓から校庭を見下ろす。何故忙しいのか、それで解った。
「試験シーズンか。先生も大変だねえ」
「普段と何か違うのか?」
「補講もあるし、生徒の自主練を監督したりとか。もちろん試験自体の準備もある」
「お待たせいたしました」
 お茶を手に先程の女性が入って来る。僕もソファに戻った。
「申し遅れました。私がアルビオン領主のヴィーラ・リーリエです」
「お若いとは聞いていましたが、貴女でしたか」
 無駄話はしない質らしい。挨拶やお世辞はそこそこに、ヴィーラはまず、スツルム殿の仕事の説明を始める。
「最下級生の剣術の授業をお願いしたく。今は私が臨時で入っているのですが、私には領主の仕事もあるので」
「あたしは父に習っただけで、体系的に教えられるか……」
「その点はご安心ください。指導マニュアルがありますので、その通りにすれば大丈夫です。私自身、教育指導者としての訓練は受けておりませんから。もちろん、本番の前に練習授業もさせていただきます」
 ヴィーラは予め机に用意してあった冊子を差し出す。スツルム殿は受け取った。ま、断りの手紙を書かなかったんだから、最初から受けるつもりではあったのだろう。
「ドランクさんには、この手紙の差出人の居場所を特定していただきたく」
 僕には一つ、封筒を取り出す。僕は心臓がどくりと脈打つのを感じた。
「何年も前に多額の寄付を戴いたのですが、匿名だったため、未だにお礼が出せておらず……」
「……匿名の寄付者って、お礼は貰えないこと承知で寄付してるものじゃ?」
「それはそうなのですけれど、実は、手紙の差出人自体は判明していまして」
 今度は懐から、使い込まれた手帖を取り出した。
「筆跡から、この方からの寄付ということは間違いないと思います」
 ヴィーラは手帖を開き、かつての持ち主が記したサインを示した。何年も昔――僕がこの島に捨ててきた名前を。
「……どうして貴女がその手帖を?」
 僕はこれを、下宿の本棚に置いてきた筈だ。
「父が私を高級アパートに下宿させてくれたんです。前の住人――この方ですが――のご家族のご厚意で、本棚はそのままにしてあって、そこに」
 なるほど。確かに、僕が集めた本なんて、一々屋敷に持って帰る方が面倒くさいか。
「この方は在学中に行方不明になり、未だに見つかっていないんです」
「……それで、この寄付の手紙が手がかりになるのでは、と」
「ええ」
「じゃあ、僕の仕事の本当の依頼主は、この方のご家族ですかね?」
「いいえ」
 その言葉に、今度は心臓が縮んだ。そりゃそうか、さっさと手続きを踏んで、僕を鬼籍に入れちゃうような人達が、今更探そうなんてね。「死んだと思え」と書いたのは僕自身だけど……。
「依頼主は私です。どうしても、この方にお会いしたくて」
 何処まで詮索して良いのだろう。彼女の瞳は此方に門戸を開いているようだったが、白を切るために敢えて深入りせずに、その仕事を引き受けた。

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