僕の役に台詞は無い [3/5]
人気の無い公園でベンチに倒れ込むように座る。少女は隣に座って、荷物から取り出した止血綿で僕の頭を押さえようとしてくれた。
「良いよ、自分でやる」
前髪に触れられたくなくて、拒絶するような口調になってしまった。でも言い訳するにも頭が回らない。僕は急いで魔法書を広げ、額の出血を止めた。
自分のハンカチで髪を乱さぬように血を拭う。彼女の方を見ると、先程掴んだ肩が血で汚れていた。
「ごめん、服汚しちゃった」
「いや、いつもの事だから、いい」
続けて何か言おうとする彼女よりも先に、尋ねる。
「どうして逃げてたの。あのドラフ知り合い?」
「あ、ああ。同僚で、今日は仕事終わりだったんだが……その……。帰るって言ったのに無理矢理宿に連れて行かれて……断ったら金を出すからヤらせろとか……」
「なるほど。良くあるやつだね」
僕はハンカチがべとべとになってしまったので諦めると、ベンチの背もたれに体重を預ける。
「でも傭兵なんかより体を売る方が楽じゃないの? 少なくとも殺されるような事は滅多に無いし、逆に誰かを殺さないといけない事も無いよ?」
そんな事を言いたい訳じゃないのに、荒んだ僕の心は勝手な言葉を紡ぎ続ける。女性に投げ付けるには失礼すぎる言葉達だ。剣で斬られるか殴られるかして今度こそ死ぬかな、と思ったが、返ってきたのは意外な返答。
「あたしはまだ十七だ。体は売れない」
「えっ!? 未成年?」
というか、その返答だと大人になったら娼婦稼業でも良いと思っているのか。ちょっと……いやだいぶ衝撃。
「なんだその反応は」
「い、いや~。僕より下だとは思ってたけど、しっかりしてるねえ……。ていうか、僕の事覚えてる?」
「ああ」
彼女は僕の為に差し出した止血綿を片付けると、ベンチに腰深く座り直した。
「青い髪のエルーン」
その通り。何の面白みも無い形容だ。
「お前は幾つなんだ?」
聞き返されるとは思っていない内容で、少し考える。
「……二十二くらいだったと思う」
「思うってなんだ」
「もう長らく誕生日を祝ってくれる人が居なくてね。辛うじて誕生日は憶えてるけど、突然訊かれると年齢がぱっと出てこなくなっちゃった。二十二で合ってるはず」
最後に祝ってもらったのはいつだろう。お祖母ちゃんが亡くなる前の年かな。
「……そうか……」
僕がしんみりした顔になったからだろうか。彼女の顔に翳が落ちる。それはなんだか、とても心がぞわぞわして落ち着かなかった。
頭痛も引いてきたところで、僕は精一杯明るい声で言う。
「なーんて、僕が自分の事に無頓着なだけだから、気にしないで?」
笑ってあげると、彼女も少し表情を和らげた。初めて見る表情だな。
「とにかく宿まで送るよ」
そして立ち上がったところで、気付く。
「って、あの男が待ってるわけか……僕も寝るところ決まってないし、一緒に探す? あ、別に変な意味じゃなく」
「いや、良い。傭兵ギルドの本部まで戻る」
「傭兵ギルド?」
「あいつもギルドの仲間なんだ。助けてもらった上に申し訳ないが、明日、今日の事を証言しに来てくれないか?」
利害関係や力関係のある身内からの被害だと、有耶無耶にされて泣き寝入り、というパターンもあるしね。
「構わないよ」
僕は手帖とペンを彼女に差し出し、ギルド本部とやらの場所を書いてもらう。
「礼もその時にする。取り次ぐから名前を聞かせてくれ」
「名前か……」
僕は「僕」の名前を、とうに捨ててしまっていた。
「名乗れる名前は持ってないな。『青い髪のエルーン』でとりあえず判るんじゃない? ていうか、君の名前も聞いてないんだけど。前に会った時も何回聞いても教えてくれなかったし?」
「…………」
僕はやれやれと首を振った。初対面の時にしつこくしすぎたかな。
「じゃあ、礼は要らないからさ、一緒に仕事してくれない?」
「は?」
「一度でも良いからさ。僕、君と一緒に仕事してみたいんだよね」
「…………帰る。本部はすぐそこだからついて来なくて良い」
機嫌を損ねたのか、少女は立ち上がるとくるりと背を向けた。
「あの男に見付からないように気を付けてね。あと、明日、良い返事期待してるよ」
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