宇宙混沌
Eyecatch

僕の役に台詞は無い [2/5]

 ふらふらと道幅の狭い夜道を歩く。もう少しで大通りに出れそうだ、と思った時、誰かが走ってくる音が聞こえた。
「はっ、はっ、はっ」
「逃げなくても良いだろ~」
 足音は二人分。聞こえた声は息の上がった女の子と、少し離れた場所から響く野太い男のもの。痴漢か強姦か、とにかく何か良からぬシチュエーションなのは間違いない。
 でも、今日は僕もいっぱいいっぱいだ。そもそも人助けなんて柄でもない。このまま身を潜めて、通り過ぎるのを待とう。
 そう思って角で立ち止まり、建物の壁に背中を預けて足音が近付くのを待つ。軽い方の靴音が僕の横を通り過ぎた時、赤くて短い髪の毛が見えた。
 あの時の子だ! そう思った僕は反射的に彼女の手を掴んで、路地に引き込んでいた。
「え?」
 ドラフの少女は突然の事に驚いて僕の顔を見上げる。血でべっとりと濡れた前髪を見て、その顔が青くなるのが暗い中でも分かるくらいだった。
 僕は彼女を路地の奥側に移動させ、しゃがむよう、肩を押さえて示す。彼女はそれに従って、僕の腰巻の後ろに隠れた。
「おーい。何処に行ったのかな?」
 男は彼女を見失ったのか、走るのをやめて周囲をうろうろし始めたようだ。
 気付かれた時にどう躱そう。魔法でやり合うか?
 そう考えて宝珠[スフィア]を出そうとした時、自分の手が血で汚れている事に気が付いた。まるで演劇で使う血糊だ、と痛む頭は本末転倒な事を考える。
 ……演劇、それだ。
 僕は結っていた髪を解いて、顔に影を作った。宝珠の代わりに護身用……自決用かもしれない……の小刀を腰につけたポーチから取り出すと、その刀身に自分の血を擦り付ける。隣で少女が身じろぎしたが、構わずその小刀を、僅かに入る街灯の光が照らすように持った。
 呼吸を落ち着ける。自分に言い聞かせた。これから演じる僕の役に台詞は無い。
「……おい、そこの」
 間もなくドラフの男が僕を見付けた。僕は無視して、伏し目がちに反対側の建物の壁を見つめ続ける。
「ドラフの女の子がこっちに来なかったか? って……」
 僕の額から流れる血と、握るナイフに気付いたらしい。「やばいものを見た」……彼がそう感じた雰囲気を掴むと、目を見開いて視線を上げ、真っ直ぐに男の顔を見る。
「いや、何でもねえ! 俺も何も見てねえからな!」
 男は慌てて去って行った。足音が聞こえなくなるまで十分待ち、もう大丈夫だと思った頃に役を終える。小刀の血をハンカチで拭って仕舞った。
「お、おい……」
 忘れていた。この子を助けたんだった。
「大丈夫?」
「あ、ああ……」
 笑顔で尋ねたつもりだが、血まみれの男の笑顔は逆に怖いか。
「お前こそ大丈夫なのか……?」
「多分」
 僕は通りを確認する。男は居ない。
「君、この辺に休めるとこ知らない? ベンチのある公園とかで良いんだけど」
「知ってる」
「案内してもらって良いかな」

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