僕が死にたがりになるまで [5/5]
その葬儀は最初に経験したものではなかった。
一人目は、祖父。僕はまだ赤ん坊だったので、顔も憶えていない。二人目は、お婆ちゃん。お婆ちゃんの好きな花は用意出来なかったので、代わりに棺に青い花を入れたのを憶えている。
そして三人目は、僕が殺した。
「この人殺し!!」
僕は彼の妹に、いきなり水をかけられた。顔の右側を隠す前髪が、凹凸のある肌に貼り付く。
「お兄ちゃんを返してよ! なんで味方に殺されなくちゃならないのよ!!」
「落ち着きなさい、お兄ちゃんの事は事故なのよ。申し訳ありません、娘がご無礼を……」
「妹さん、君の気持ちも解るが、傭兵ってのは、こういう仕事なんだ……」
「あいつも解ってたさ。こいつの魔法が無きゃ、俺達も逃げ帰れなかったからな。責めんでやってくれ」
僕は宥める母親や傭兵達の言葉なんか聞いちゃいなかった。人殺し、か。
水をかけてきた少女の後ろに置かれた棺を見る。僕の魔法で切り刻まれた男がその中で眠っている筈だ。
傭兵みたいな日銭稼ぎの仕事で、自分の命を賭けて何になるというのだろう。僕は、魔法が使えるなら仕事は何だって良くて、遠慮なく敵を薙ぎ払える傭兵の仕事は、たまたまその欲求を満たせただけだ。そして僕は僕の身を守る為に、魔法を使っただけ。人殺しなんて罵られる謂れはない。
傭兵の仕事は、自分が殺すか、殺されるかだ。敵だろうが味方だろうが、弱い奴は死ぬ。命の選別はただその実力によってのみ行われるのだ。
なのに、どうして。
「……僕が死んで詫びたら、気が済みますか? お嬢さん」
確かに、僕があそこで魔法を使わなかったら、死ぬのは僕で、彼は生きて帰って来れたかもしれない。そして彼女は、今更もう取り戻せないとは解っていて、それを望んでいた。
泣き喚くのをやめた少女が、両の瞳を見開いて怒鳴る。
「あんたの命にそんな価値無いわよ!!」
……少しほっとした。敵討ちで殺される事は無いらしい。
でも、僕の命には価値が無いのか。しかし彼女にとって、死んだ兄の命には価値があるらしい。
僕は、彼が羨ましかった。
「……僕が居る限り、収まらないでしょう。失礼致します」
僕は濡れた髪を拭きもせずに、踵を返す。入り口付近で立ち止まっていたドラフの女性の脇を通り、部屋を出た。
どうして。命は万人に平等に与えられたものの筈だ。たった一つ与えられて、遅かれ早かれ必ず奪われる。僕の命に価値が無いのならば、誰の命にもそんなものは無い。人間はこの世界にごまんと居て、僕一人が、そして彼一人が死んだくらいで、条理が変わる事も無い。
でも、どうして君はそんなに悲しむの。
道を行けば、喪服の裾が風に靡く。通りかかった公園の花壇に、青い花が植えられていた。風に揺れるその花に、優しい人の死に顔が重なる。
ああ、そうか。命の価値は正しく平等だ。でも、それは絶対的なもので、相対的なものではない。
僕は、お婆ちゃんが死んでしまう事を知っていた。老いた体が日に日に弱っていくのを目の当たりにしていたし、そのくらいの分別が付く年齢にはなっていた。だから彼女が亡くなった時、僕は悲しみつつも泣かなかった。
でも結局、僕は彼女の死ではなく、自分を愛してくれる人が居なくなる事を悲しんだのだ。僕には愛なんて解らなかった。彼女の命も、特段他の命と価値が違うだなんて、思っていなかった。
酷いなあ。なんて冷たい人間なんだろう、僕は。こんな人間、誰も愛してくれないさ。誰も僕の命に価値があるなんて、思わないさ。
こんな事なら諸共死んでやれば良かった。
♥などすると著者のモチベがちょっと上がります&ランキングに反映されます。
※サイト内ランキングへの反映には時間がかかります。