宇宙混沌
Eyecatch

僕が死にたがりになるまで


 僕が最初に書いた遺言書はたった一文だった。
 遺産は全額、図書館に寄付するように。天涯孤独になった僕に、富を譲る相手など思い浮かばない。
 寄付先は随分迷った。新聞などを読んでいると、学校や病院、というのが一般的らしい。でも、僕は学校に通った事も無ければ、病院に行った事もない。その二つに恨みがある訳ではないが、やはり自分が世話になった所となると、図書館、という結論になった。
 それでも、ほんのわずかな間居ただけの街の図書館一つに、全部渡して良いものだろうか。もっと分散してあちこちに寄付するべきでは? 色々考えたが、結局面倒になり、僕はその一文だけを書いた便箋を折り畳み、封筒に入れて蝋印を押した。
 簡単な魔法をかけて、僕が死なない限り封が開かない様にしておく。証明機関に預け、僕は建物を出た。
 さて、今日はこれからどうしよう。最近は投資も不調でストレスが溜まるし、そろそろ魔法を使う仕事で日銭を稼いでも良いんじゃないだろうか。でも、それってどうやって見つければ良いんだろう?
「いらっしゃいませ~」
 ぼんやりしながら市場を歩いていると、ハーヴィンの商人が客を呼び込む声が聞こえた。巷では「よろず屋」と呼ばれている、腕の良い女商人だ。あの家[・・・]と直接取引は無かった筈だが、噂は聞き及んでいる。
「……シェロカルテ殿、ですよね」
「はい、そうですが……」
 つい声をかけてしまった。僕はどういう話をしようか、瞬時に考える。投資話なんて、彼女は僕以外からも沢山貰っているだろう。
「確か貴女、仕事の斡旋もしていますよね?」
「はい~。あなたは、騎空士さんでしょうか? それとも傭兵さん?」
「傭兵……」
 そんな仕事が本当にあるのか、と思って呟いたのを、返答だと捉えられて話が進んでしまう。
「傭兵さんでしたら、魔物退治なんかが最近は人手が足りてないみたいですね~。失礼ですが、腕前をお聞かせいただいても?」
「いや、実績が無くて。実演しますので見ていただいても?」
「構いませんよ~。人や商品に当てないでくださいね~」
 僕は店から少し離れる。自分で言い出した事ではあるが、何をどうやって見せよう。辺りを見渡すと、交差点の真ん中に設置された噴水が見えた。
「ちょっとすみません、濡れるかも」
 周囲に居た人を追いやり、よろず屋を連れて噴水の側へ。青い方の宝珠を構え、念じた。凍れ。
 噴き出す水流と波打つ水面が、瞬く間にその形を覚え、止まっていく。
「……凄いですね」
 よろず屋が感心した様に呟いた。その視線は、噴水ではなく何故か宝珠を向いている。
「よーくわかりました。適当な仕事を見繕いますので、少々お待ちを……」
 僕は凍らせた噴水を元に戻す。何故か観衆から拍手が上がった。
 ……思えば、これまで努力して、出来ない事なんて殆ど無かったな。魔法だって、まだ始めて一年かそこらしか経っていないのに、人から凄いと言われる程度には上手くなっていたのか。
 もし違う家に生まれていたら、僕は神童だの天才だのと、呼ばれる世界線もあったのかもしれない。あの家[・・・]では欠陥品の様に扱われていたから、とても信じられないけど、僕はほんの少しだけ、胸が張れるようになった。
 よろず屋から依頼の手紙を受け取る。傭兵、か。この仕事は、好きになれると良いな。

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