僕が最初に殺した人は強盗だった。
「はぁっ……はぁっ……」
間に合った。自分が刺される前にナイフを抜けた。
あの家での教えもたまには役に立つ、なんて気持ちにはなれなかった。胸にナイフが刺さったまま地面に倒れた男の姿に、恐怖を覚える。
この人、このまま放っておけば死ぬんだ。こんな人通りの少ない裏路地、朝まで誰も通りやしないさ。僕だって、追いかけて来るこいつを巻こうとして道に迷っただけだし。
ああ、でも、一歩間違えればこうやって倒れているのは僕だったんだ。死が迫るのは本能的な恐怖を呼び起こして良くない。
僕は手が震える程の恐怖の理由をそういう事にして、短刀の鞘もその場に捨てて逃げ出した。
人を殺した。僕もとうとう、こちら側の人間になってしまった。
しかし、案外冷静に逃げられるもんだな。今晩はこの町に泊まるのはやめて、夜通し歩いて次の町に向かおう。少しでも現場から離れなくては。ナイフが無くなって心許無いが、魔法や宝珠も少しは使えるようになったし、魔物相手ならなんとかなるだろう。
僕は、そうやって生き延びる事を考えている自分が一番怖かった。
いつからそんなに、人の死に鈍感になってしまったのだろう。
でも、本当に人間ってすぐ死ぬんだな。僕が死んだらどうなるんだろう。両親は喜ぶかな。遺産が両親の手元に戻るのはなんとなく嫌だな。殆どはお婆ちゃんから貰ったものだけど、僕が自分で増やした分もあるし。
次にあの街に帰ったら、遺言書を認めておこう。僕はそう決めると、やっと見えた大通りの街灯の光にほっとした。