第2話:何も変わらない [3/4]
ドスッ。
「ハアッ……ハアッ……」
咄嗟に肘打ちをして、背後に迫った人物を気絶させた。起きない事を確認してから、服の中を探る。命を狙われる覚えは無いんだけど?
「!」
ポケットから出てきた仕事の依頼書、その最後に書かれたサイン。
父の名前だった。
それからの事は良く覚えていない。ただ怒りや憎しみに満ちていて、さらなる刺客への恐怖が溢れそうで、慌ててその町を引き払った。
どうして、どうして。僕は存在する事すら許されないのだろうか。
騎空艇の個室の中で、そのまま持って来てしまった僕の殺害依頼書を読み直す。
『国を一つ二つ滅ぼしかねない危険人物』
その中で僕はそう称されていた。その紙は魔法で燃やしてしまう。
別に、国家とかどうでも良いのに。そもそも一箇所に長く居られないし。
まだ薬の分析も終わってないのに、あの島を離れる事になってしまった。やけくそになった僕は、騎空艇の中で道具を広げ、ありとあらゆる事を試した。今思えば、有毒ガスが発生するような物じゃなくて良かったと思う。
「……加法混色か」
それは黄色の目薬と、偶然手に入れた紫色の目薬を混ぜた時に起こった。薬の色が消えたのだ。
色成分が中和されたこの状態なら、残りの成分の分析がやりやすいかもしれない。その期待は間違っておらず、僕はその次の島で、右目の色を本来の色に戻す薬の調合に成功した。
両の目の色が揃った鏡の中の僕は、ただただ悲しい顔をしていた。
……家族とか仲間とか常識とか。そういうものに縛られるの、皆やめたらいいのにね。
その「皆」というのは、僕の都合なんかで変わってくれない周囲の人間と、それに紛れて暮らすしかない僕自身も含んでいた。
「悪いけど、僕は君と結婚するつもりとか無いから」
眼の前の女性の表情が歪む。
「家庭を持つなんてまっぴらごめんだよ」
左の頬にピリッと痛みが走る。
「じゃあなんでこれまで付き合ってたのよ!? 最低!」
恋人になったつもりは無い。君が尽くしてきて、僕も別に断る理由が無かったから付き合っていただけ。君は僕を連れ歩きたいだけだし、僕も手軽に温もりを感じられる。ウィン・ウィンの関係だと思っていたけど、違った?
訊きたくても、怒った彼女はもう立ち去っていた。下心には下心で返すようにしてきたけれど、それがバレると相手はめちゃくちゃ怒る。無意識に搾取してくる人間ほど、質の悪い物は無い。
だって家庭なんて碌でもないじゃない。誰もがたった一つのサンプルでしか語れない事柄である事は解っている。幸せだったから欲しいと思うのも解る。不幸だったから欲しいと思うのも解る。
でも、それが「良い相手と結婚すれば自動的に手に入る」と思っている時点で、未来は高が知れている。
僕の父親は、世間的に見れば誰だって結婚したいと思うような相手だ。お母様もだ。二人共美しくて、裕福で、慈愛に満ちていた。……僕みたいなのが生まれなければ。
結局、共に乗り越える意思がなければ進めない。両親は僕の問題なのに、僕を巻き込む事を忌避したが為に道を間違えた。
それは可哀想だと思う。でも、その後始末として僕を殺そうとしたのは、どうしても許せなかった。一線を越えてしまった。
僕があの家に戻る事は、もう二度と無い。無いだろう、ではなく、無い。そうするくらいなら、それこそ国一つくらい滅ぼしてやる。
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