宇宙混沌
Eyecatch

他人行儀 [1/4]

 スツルム殿が目を見開いた。その双眸に映るのは、今日の仕事の討伐対象の魔物、その瞳。
 まずったな、と思った時には時既に遅し。カラン、と音を立てて地面に落ちた剣を拾う余裕は無い。慌ててスツルム殿を魔物から引き離して、安全な場所まで逃げる。
「スツルム殿、魔物の目、見ちゃった?」
 適当な距離で止まって問うと、怪訝な表情が見上げてくる。
「それはあたしに訊いてるのか?」
「見ちゃったか~」
 神経撹乱系の魔法を使う魔物が、農地の作物の味を覚えたのか、山の麓まで降りてくるのでどうにかして欲しい、というのが今回の仕事内容だ。問題の個体は一匹だけの様だけど、なにせ目を見ると駄目とか言うもんだから、やり辛いったらありゃしない。
「というか、お前は誰だ。降ろせ」
「僕はドランク。君の仕事の相棒だよ」
 魔法をかけられた場合の症状は様々だが、健忘が多いと聞いていたので、落ち着いて返答する。
「仕事?」
 地に足をつけたスツルム殿が更に眉根を寄せる。自分がまだ年端もいかない少女だという認識はあるらしい。
「そ。傭兵の仕事をしてるの。それでさっき、退治しようとしてた魔物に――」
 状況を説明しつつ、具合を尋ねる。どうやら自分の名前や出生もわからなくなっているらしい。
 魔法は時間経過で勝手に解けるらしいが、剣も落としてしまったし今日の続行は無理だ。雇い主に事情を話して、回復するまで休ませてもらおう、と山を下る。
「なんか嘘くさい」
「ひっど! そりゃ胡散臭い顔してますけど僕は~」
 説明し終わって返ってきた言葉に心底傷付いたが、記憶を飛ばしている彼女に喚いたって仕方が無い。寧ろ年頃の少女らしい反応で可愛いじゃないか、と自分に言い聞かせる。
 スツルム殿は、事情を聞いた依頼主に労りの言葉をかけてもらった事で、漸く状況を飲み込んだ。
「今日は宿でゆっくり休もう」
 そう言って確保してあった部屋に戻ると、スツルム殿は僕が開けた扉をくぐる前に、またしかめっ面をした。
「ダブルベッド……」
「あー……」
 そりゃ(一時的にとはいえ)見ず知らずの男と同室は嫌か。
「僕、別の部屋空いてないか訊いてくるね」
 そう言って踵を返した服の裾が引っ張られる。
「お前とは、どういう関係なんだ? 本当は恋人とかだったりするんじゃないのか?」
 その問いに、僕は嘘偽りなく答える。
「そんなんじゃないよ」

 結局空き部屋は無くて、僕もスツルム殿の容態が心配だったし同じ部屋に戻ってきた。気まずい数時間を過ごして、夕食を食べに外に出る。肉を口いっぱいに頬張る姿はいつもと同じでほっとした。
「ただの仕事の相棒と同じ布団で寝ないだろ、普通」
 再び宿に戻って来て、寝る前に蒸し返される。
「やっぱり嫌だよね~? 僕、床で寝よっか?」
「話を逸らすな」
 目論見はバレている。僕はへらへらと笑って誤魔化した。
「何にも覚えてなくて心細いよね。嫌じゃなければ隣で寝るよ」
 本当は寂しさで縋り付いたのは、自分の方だってこと。

闇背負ってるイケメンに目が無い。