二人の関係 [2/6]
夫婦とは何なのだろう。
多くの国が異種族間の婚姻を認めていない。それは、婚姻制度というものが、子供を産み育てる夫婦を優遇する為に作られた事に起因する。
このエルステ帝国は、前身となるエルステ王国の王家に星の民の血が入った際に、婚姻制度の種族規定を取り払っている。彼等もその気になれば、この国で結婚すれば良い。
「それは出来ない」
試用期間が終わる頃。私とスツルムは、プライベートの場ではほとんど上下関係無く話すようになっていた。
「何故だ? 関係を知られると都合が悪いからか?」
「それもある。けど、問題はそこじゃない」
スツルムは洗った皿を渡してくる。私はそれを拭いて、棚に戻す。
「ドランクは鬼籍に入っている。処罰記録にも、身元不明で自称しか書かれていなかっただろ?」
「そういえば。しかし鬼籍とは、何処かの国の工作員にでもされたのか?」
「いや、ドランクが行方不明になったからだ。あいつの地元だと、行方不明者を家族が鬼籍に入れる事が出来るらしい。勿論、その場合は見つかれば元に戻せる」
「なるほど。そうするメリットは、幾つか思いつくな」
住民税を払わなくて済む、捜索を打ち切る事で心の区切りになる、など。
「ドランクは、親が養子を取るためだろうと言っていた」
「ふむ」
最後の皿を棚に戻して、布巾を干した。
「駆け落ちか?」
地元に戻って籍を戻せない理由があるとすれば。
スツルムはエプロンを脱いで、踏み台を降りる。
「だったら良かったんだけどな」
視線を伏せて、呟く。
「『愛していても、側に居られない時もある』って言うんだ、あいつは」
本当はずっと側に居たい。しかし、その願いは。
「……私は、お前達の命の保証は出来んぞ?」
「解ってる。危険は契約にも織り込み済みだ」
「本当に良いのか?」
炎の揺らめく瞳が私を見上げた。
「それが傭兵の仕事だ」
そこまでして傭兵を続ける理由は何なのだろう。
それに、「愛していても、側に居られない時もある」か。
男はいつも身勝手だ。私の父がそうだった。命知らずで、騎空士として空を飛び回って。
空には魔物が多い。騎空艇の事故や、盗賊の襲撃だってある。危険な事を知っていたから、母も私も地上に残していたのだ。それでずっと会わない間に、母は……。
首を振る。嫌な事は思い出さないに限る。
気晴らしに本でも読もうと書斎に入ると、ドランクが本棚の前に座り込んでいた。
「掃除は終わったのか?」
返答が無い。寝ているのかと顔を覗き込んだが、目は開いていて、手に持った本を凝視している。
「おい」
「うわっ!? ああ、すみません。ちょっと気になって開いたらつい」
「掃除は進んでいないようだな」
「本当にすみません。今からやります」
これで護衛や秘書や密偵としては有能なのだから扱いに困る。
ドランクが棚に戻した本の背表紙を見る。最近買ったばかりの歴史書。
「……お前は、傭兵以外の仕事をしようと思ったことは無いのか?」
「無いですねぇ~。ご覧の通り、時間にルーズなんで、時間区切りの仕事とかは出来ないんですよね。単純作業も苦手だし」
「それがスツルムの為でもか?」
はたきを手に持った手を止めて、ドランクが振り向く。
「どちらかと言うと、傭兵をやりたいスツルム殿に僕が付き纏ってる感じですけどね。僕が養ってあげても良いんだけど、多分それつまらなくて、すぐ飛び出してっちゃうでしょ」
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