二人の子供 [1/6]
寝ていた俺の眼前をネズミが横切って行った。
俺は慣れた手付きでそいつを捕まえる。パニックになって暴れるネズミの首に指を回し、きゅっと力を入れた。一瞬だけ心地良い音がして、それはただの死骸になる。
「おや? 先客とはねえ」
雨宿りとして使っていた遺跡の、入り口から声がする。振り返ると、やけに身なりの良い、青い髪のエルーンがこちらを見ていた。まだ十代に見える。
と、俺は自分の姿を思い出した。薄気味悪い笑みを浮かべた男と同様、質の良いシャツに身を包んだ、十代の少年。俺の方が五つかそこら年下だろう。そんなのがこんな、今にも倒壊しそうな廃墟で一晩明かそうとしていたのだ。現れたエルーンも相当怪しいが、俺だって十分過ぎるほど訳ありの体だ。
「此処に来る途中で、なんだかよく分からない肉の塊があったんだけど、君の仕業かな」
多分そうだ。俺は傷付いた両脚を見やる。家出して宛もなく彷徨った末、丸腰で魔物に襲われたのだった。幸い小型の種で、近くに落ちていた石やら何やらで殺したのは覚えている。
エルーンは俺の頷きに苦笑して、近寄って来た。脚を引きずり、じりじりと俺は遺跡の奥へと逃げる。
「逃げないでよ」
突き当たりで俺はとうとうそいつと対峙する。エルーンはしゃがむと、何やら手の平を光らせた。俺の脚の傷がみるみる内に消えていく。
「ははっ、こりゃ便利だ」
エルーンはしてやったりと言った顔だ。回復魔法を使ったらしいが、どうやら俺を実験台にしたらしい。
じっとその顔を見上げていると、エルーンは俺の隣に座り込んだ。
「君も此処で明かすつもり? 僕のお宝には手を付けてないよね?」
お宝? 何の事か解らないので、ただその顔を見つめ続ける。エルーンはやっと察したように、尋ねた。
「君、もしかして喋れないの?」
頷くと、存外優しそうな笑みが返ってきた。
「なるほどね。名前は?」
俺は砂埃の積もった床に、蛇の様にぐにゃぐにゃの字を書く。
『BENJAMIN』
本当はこうやって、筆談ででも会話すれば良かったのかもしれない、なんて事を思いながら。
「あれ、男の子だったの」
エルーンはまじまじと俺の顔を覗き込む。
「君、全然瞬きしないね」
そういう相手の顔も、どちらかと言えば優美な造りだ。
「まあ良いや。怪我治してあげたんだから、何かお礼が欲しいよねえ」
名前を訊いておいて、自分は名乗らないのか。妙な所に腹が立って、俺は床の自分の名前をばんばんと足で叩く。意図は伝わったのか、彼はその隣にエルーンの上流階級にありがちな名前を書いた。
「内緒だよ」
安心しろ、俺は口が文字通り堅い。
エルーンは二つの名前を消し、立ち上がると服に付いた埃を払う。遺跡の奥へと進み、床板の一つを外した。どうやらあそこに色々と隠しているらしい。干し肉と小さな酒瓶を取ってきて、また俺の隣に座る。
強請るつもりは無かったが、体は正直だ。俺の腹から出た音に、男は笑う。
「ネズミ触った手で食べない方が良いよ。口開けて」
言われるがまま、差し出されたそれを口で受け取る。咀嚼して飲み込んだ頃、エルーンは酒瓶を一気に呷って、再び謝礼の話を持ちかけた。とは言え、俺は無一文だ。
「体で払ってくれれば良いから」
きょとんとした俺の服を脱がしていく。エルーンも自分の腰に提げていた小振りなレイピアを外し、ズボンを緩めた。その手の知識はあまり多く持ってはいないが、なんとなく今から何が起こるのかを察する。
「君、女の子みたいな顔してるから、色々と役に立ちそうだねえ」
ついでに、こいつが人としてイカれてるって事もだ。
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