不器用な二人 [5/5]
苦しい夢。そうだ、これは夢だ。
「お母様」
笑ってなどくれない。
「お父様」
振り向いてもくれない。
「あのね、僕、ちゃんと……」
ちゃんとした大人になったよ。自分でお金を稼いで、暮らしの事も全部自分で片付けて。
貴方達が望んだような人間にはなれなかったけど、駄目かな。
話したい事が沢山ある。話したかった事も沢山ある。
でも、いつもいつも、一言も伝わる事なんて無かったんだ。だから僕は――――
「!?」
飛び起きたら頭が酷く痛んだ。これ以上強まらない様にゆっくりと見回すと、窓から入る月明かりに照らされた、見知らぬ部屋に居た。病院ではなさそう。
「起きたのか」
下の方から声が聞こえた。ごそごそと音がして、床に置かれていたらしいランプが点けられた。それからひょこっと茶色い角が現れる。
「丸一日寝込んでいた。何か飲むか?」
「あ、え、じゃあ、水……」
スツルム殿はカーテンで仕切られた先に消える。厨房があるのか。と、いう事は彼女の家か?
「腹は減っていないか?」
「大丈夫、ありがとう……」
何があったんだっけ。えっと、三徹でぶっ通しでバリア張ってた所為で倒れそうになって、他の人に撤退するよう提案して、それで……?
「死後の世界ってこんな感じなのかあ~」
「いや死んでないし」
「ええ!?」
叫んだらまた頭に響いた。確かに、体の感覚があるから死んではいないらしい。
「お前が倒れる直前に援軍が間に合った。戦には負けたが、傭兵部隊は全員撤退に成功した」
「そう」
「……嬉しそうじゃないな」
スツルム殿が首を傾げる。その様子に、僕も首を傾げた。ここって嬉しがるポイントなんだっけ?
「そうだ、家族に連絡しなくて大丈夫か? 身寄りの連絡先がわからなかったから、一先ずあたしが面倒を見る事になった」
「そうだったの。家族も友達も居ないから、助かったよ」
水を飲み干したところで、立ち上がれるか考えてみたが、まだ頭も痛いし、酷く疲れている。
「悪いけど、今夜はこのまま泊まらせてもらって良いかな。僕が床で寝るよ」
「構わない。あと、あたしが床で良い。今はゆっくり休め」
スツルム殿は空になったコップを僕から奪い、僕を再び寝かしつける。布団をかけてくれるその手に、もう居ない優しい人の事を思い出した。
欲しい、欲しい、欲しい。君が、君のその優しさが、欲しくて頭がいっぱいになる。
そうしてまた紡ぎ出すのだ。相手の興味を、一時でも自分から逸らせたくなくて。
「って事は、スツルム殿達が突撃して助けてくれたんだよね? 凄いなあ。僕も最初は飛び込むか考えたんだけど、迷った隙に本格的な攻撃が始まっちゃって身動きが取れなくなって」
「寝ろ。何時だと思ってるんだ」
スツルム殿がランプを消す。寝袋がまたゴソゴソと言って、静寂が訪れた。
「……スツルム殿、明日暇?」
「仕事はまだ入ってない。それから『暇?』って言うな」
「ごめん。迷惑かけておいて図々しいのは判ってるんだけど、ちょっと話に付き合ってくれないかな」
怖いのだ。一人で居る時は何とも無い無音の世界が、誰かと一緒に居る時は。
誰も、君も、僕になんか興味が無いと、言われているみたいで。
「……眠くなったら寝る」
「うん」
切羽詰まったような声色に、頷いてしまった。こいつは気付いていないのだろうか。いくら表情を取り繕っても、顔が見えない時には声の調子で本心が筒抜けになっている事を。
「スツルム殿は強いね」
「……別に」
あたしは、守るより攻める方が得意だから。それに今回は、既に劣勢という事が判っていたから、あたし以外にも沢山強い傭兵が送り込まれたのだ。
現場に駆け付けた時、度肝を抜かれた。あんなに威力の高い魔法の矢が雨の様に降り注ぐ中、何の反撃もせず、そこから逃げる事もせず、たった一人ただ守りに徹する姿を見て、震えた。
あたしにはあの戦い方は無理だ。機を見て前に進もうとするに決まってる。
そして、そうすればきっと犠牲者が出ていた事だろう。それは敵陣に飛び込んだ自分かもしれないし、己の身を守れなくなった他の者かもしれない。
「お前も、凄かった……」
何より、あんなに潔く負ける事が出来ないと思った。あたしには養わないといけない家族が居るし、第一、死にたくない。きっとどんな時も、自分も生き残る方法を探してしまう。例え、自分一人が犠牲になる事で、他の皆が助かる場面であったとしても。
どちらが美徳かなんて話はしない。あたしには死ねない理由があるし、こいつには現世に未練が無いだけかもしれない。それでも。
「あたしには出来ない戦い方だった。皆もお前に感謝していた。だからもっと、喜べ」
「…………うん」
長い間の後に、それだけ返ってきた。何か変な事を言ってしまっただろうか。
悶々と考えていると、ふと、ある事に思い当たる。
「ていうか! あんな猛攻を全部カバーできるなら、あたしの攻撃なんか余裕で避けられるだろ! 手を抜いたな!」
「ええ、何のこと……?」
「惚けるな! 最初に会った時の事だ!」
落ち着け、落ち着け。そう言い聞かせたが、カッとなると止まらないタイプだという自覚はある。戦いで相手に手を抜かれるのが一番腹が立つという事も。
「そ、そりゃあ、好きな子相手に本気は出せないよ~」
と、いつものおちゃらけた口調で言った直後、相手の呼吸が止まった音がした。
「あ」
数秒後、それだけ聞こえる。何を今更。元々好きであたしにちょっかいをかけていたんじゃなかったのか?
……まあ、あたしもまさか本気だとは思っていなかったが。
「スツルム殿」
呼吸を落ち着かせてから、ドランクが切り出した。
「今度一緒に仕事しよ?」
「ん」
あたしは寝袋の中で寝返りを打つ。
「わかった」
なんで今このタイミングで、いつも言ってる事を繰り返すんだ。不器用だなと思いつつも、人の事は言えないので黙っておいた。
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