不器用な二人 [1/5]
「スツルム殿スツルム殿スツルム殿~」
「うるさい」
あたしは言い飽きた言葉を漏らす。あたしだって言いたい訳じゃない。それでもつい口から出る程度には、この男はしつこいのだった。
「やっと返事してくれた! ねえねえこの後暇? 良ければ一緒にお茶しない? 奢るよ」
一気に捲し立てて、それからあたしの顔を覗き込む。視界を端整な顔立ちが覆って、あたしは溜息を吐いた。顔だけは良い。顔だけは。
「暇じゃない」
「仕事?」
「そういう訳じゃ……。ていうか、他人に向かって暇かどうかとか訊くな」
暇、という言葉はなんとなく失礼な意味を含むように思えた。それでなんとなくいらつく。
だからお前とは一緒に茶なんか飲まない。そういう事にしたかった。だいたい、この顔と積極性だ。あたしなんかを誘わなくても、茶に付き合ってくれる奴なんてその辺にいくらでも居るだろう。
「じゃあ」
顔同士の距離が離れる。あたしの頭の遥か上から呟きが降ってきた。
「何て訊けば良いのかな」
あたしは顔を上げた。相手は金色の目を細めて笑っている。
けど、今の声に潜んだ震えは、大きくはないドラフの耳にもきちんと届いていた。
「……『時間があるか』とか、『用事は無いか』とか、何とでも言いようはあるだろ」
「スツルム殿ってば~見かけによらず語彙力が高いってえ!」
「一言余計だ」
太股に剣を突き立てると、情けない声を上げる。あたしはその隙に逃げた。奴は追っては来なかった。
両極端な対応しか知らなかったのだ。
僕に優しくしてくれる人はすぐに居なくなってしまった。
僕に厳しく当たる人の側には居られなかった。
世間に出て、僕は自分の見目が悪くない事を知った。
そして近付いて来る人達は、いつもいずれ僕の事をこっぴどく裏切った。
「……『一言余計』、か……」
僕はスツルム殿の背中が小さくなるのを見届ける。長く溜息を吐き、一人で喫茶店に入った。
薄々感づいてはいる。僕に優しさを見せた人が結局僕の事を捨てるのには、僕にもその原因があるという事を。
勿論、最初から騙すつもりで近付いてきた人間に、まんまとひっかかってしまった事もある。だけどそうじゃない事もある。
「ご注文は何になさいますか?」
「ホットコーヒーを一つ」
こんな具合に、必要な事を必要なだけやり取りすれば良いだけなのに。仕事の時や、こういう場では出来るくせに、肝心な時に喋りすぎてしまう自分に腹が立つ。
頼んだ品がテーブルに置かれた。覗き込めば、映るのは自分の顔ではない。
これがいけないのだ。手に入れたい物で頭がいっぱいになってしまう。
僕は首を振ると、今日スツルム殿に言われた事を反芻しながら、熱い液体を喉に流し込んだ。
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