一人の夜は長し、二人の道も長し [2/6]
「ドランク? 昨日は来てないわよ」
出迎えてくれたのは、背中だけでなく胸元も大きく開いたロングドレスを着た、エルーンの女だった。
ドランクはあたしと食事をした後、この店で飲み直すのが習慣だった。店の外観からして普通のレストランではないとは思っていたが、やはり薄暗い店内や、派手に着飾った店員達を目の当たりにすると、どぎまぎしてしまう。
そして、それは店員側も同じ様だった。いきなり汚れた戦闘服姿のドラフ女が店にやって来て、開口一番常連客の事を聞き出そうとすれば、何かトラブルかと警戒するのは当たり前か。
「なぁに? ドランクの彼女さんかしら?」
「きゃー! あんた贔屓にしてもらってるのに、困ったわねえ」
他の店員が異変に気が付いて、集まってきて茶化す。
「そ、そんなんじゃない! 仕事の相棒だ。今日、待ち合わせに来なかったから」
ふーん? と茶化してきた女達は興味を失くすと、それぞれの持ち場に帰っていく。最初にあたしを出迎えた店員だけはその場に残った。
「待ち合わせに来なかった?」
青い瞳をパチクリさせる。華奢な体付きに、さらさらとした銀髪。こういうのがあいつの趣味なのか。
「じゃあ今日も来ないのかな……。昨日も来るって言ってたのよ、本当は。でもまあ、お客さんだって急に都合が悪くなったりするし、私達を喜ばせる為に嘘言う時もあるから……」
気にしてなかったんだけど、ちょっと心配ね。と言ったその表情は暗い。
どうしてだろう。普通はこの女の様に、寂しさや心配が最初に出てくるべきなんじゃないのか? あたしは……。
「……あいつの居場所に、心当たりありませんか?」
「ごめんなさいね。お客さんとプライベートの情報交換するのは禁止されてるの」
その言葉に、がっかりしたようなほっとしたような。
「そうですか。すみません、仕事の邪魔して」
店を出て、暗い路地を行く。これで手掛かりはゼロだ。
「待って!」
少し進んだところで、先程の店員の声が背中を叩く。
「彼、最近ホテル住まいやめて家を借りたって言ってたわ! 場所とか全然わからないけど!」
振り返った時には、彼女はもう居なかった。まあ、あの格好は寒そうだもんな。
「……借家か……」
この近辺には、借家というものはそれ程多くない。出稼ぎに来れる様な工場も無いし、有名な学校がある訳でもない。だから特に、単身者向けの借家というのは、ある地域に固まってある以外には殆ど存在しない。
そのある地域というのは、傭兵ギルドの本部の近くだ。あたしの住まいもそこにある。
いや、でも、近所なら気付くだろう、流石に。あいつ金だけは持っていそうだから、もしかすると家族向けの大きな家を借りているのかもしれないな。
あたしは歩みを止める。借家暮らしという事が判った所で……そして借家がそれ程多くないからといって、ある人間が住む部屋を特定するには情報が少なすぎる。不動産屋に聞くにもとっくに日は暮れているし、第一顧客の個人情報をべらべら喋る不動産屋があっても困る。
どうする? 今日はもう帰るか? 明日になればまたひょっこり現れて、「ごめ~ん」とかへらへら笑って誤魔化してくるかもしれない。
『昨日も来るって言ってたのよ』
……遊びですっぽかしたんじゃなかった。逆に遊びの方もすっぽかしてた。
やっぱり、昨日別れた後に何かあったんじゃ。
不安が雪の様に降ってくる。同時に、空からも六角形の結晶が静かに下りてきた。
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