「こうしてちゃんとするとちゃんとするから不思議だな」
「どしたのカタリナさん、急に語彙力の無いオタクみたいに」
午後、予定通りシェロカルテは僕の為の服を届けてくれた。パリッとしたシャツに袖を通し、ネクタイを締める。
「髪の毛どうしよう」
「私がやろうか」
「不安しかないんだけど」
「なに、料理と違ってこっちは得意だぞ。ルリアの髪も、いつも私がやっているんだ」
「ちょっと安心しました。じゃあお願いします」
ドレッサーの椅子に座り、櫛を手渡す。僕と同様に小綺麗な服に身を包んだカタリナさんは、手早く僕の髪の毛を纏め上げるとピンで固定した。
そのまま鏡越しに互いの姿を見つめ合う事三十秒。流石に気まずい。
「ど、どうしたの~? そんなに僕に見惚れちゃった?」
「ああ。普段からこうしていれば良いのに」
「褒めても何も出ないからね!? あと既婚者を口説かないで!」
「はは。このくらいで口説かれたとは、案外初心だな」
カタリナはソファに戻る。
「しかし、ロゼッタを浮気相手と設定したのは、『妻』である私とよそよそしくても言い訳ができる様にだろう? 気遣い感謝する」
「そりゃ、カタリナさんだって好きでもない男とべたべたするのは嫌でしょ~? それに一応、貴女は未婚のお嬢さんですからね」
「もうお嬢さんという歳でもないさ」
苦手な人物の口癖が出てきて、苦笑する。モニカさん、この件について許可はしてくれたけど、アマルティアに戻ったら埋め合わせにこき使われるんだろうな。
「ピアスは外さないのか?」
「あ、いっけない。忘れてた」
使用人とお揃いは流石にね。
「カタリナさんは、結婚とかしないんです?」
「既婚者マウンティングなら結構だ」
「やだなあ、別にそういうんじゃ」
「冗談だ。まあ、相手も居ないし、私はルリアが居てくれればそれで良い」
僕は外したピアスを眺める。少ししてやめ、ポケットに突っ込んだ。
「彼女が居なくなった時にどうするか、その時何を糧として生きるのか」
話しながら僕は立ち上がる。
「この世に永遠も絶対も無い限り、考えておかないといけませんよ」
「……ドランク――」
「セレスト」
僕は部屋の扉に手をかける。
「僕の名前です。何処で誰が聞いているかわかりませんから」
「……そうだな」
近日中に、この屋敷の異変に気付いた人間が村の方からやって来るだろう。それまでに、虚構の貴族一家を仕立て上げなくてはいけない。