親愛なるフェリお姉ちゃんへ
騎空艇は無事に――島へ到着しました。
旦那様も奥様も、ご子息様達もとても優しくしてくださいます。
お医者様は早速、明日には屋敷へ来てくださるそうです。
短いですが、少し艇酔いしてしまったので、取り急ぎご報告まで。
お父様とお母様にもよろしくお伝えあそばせ。
近い内にまたお手紙書きます。
ネモフィラ
愛するフィラ
無事に辿り着いて良かった。此方は相変わらずだ。
お医者様の言う事は良く聞いて、元気になったら帰っておいで。
ところで、父上から伺った話だと、そちらは結構栄えているそうじゃないか。
へんぴな島からはつまらない物しか送れないが、お前の好きだった花を押し花にしたので、同封する。
フェリシア
私は、一枚の紙きれを見つめていた。フェリシア、から始まる長ったらしい名前が書かれている。
「これが、私の本当の名前か」
「苗字は、僕のお爺様のだけどね」
妹が嫁いだ先の島の役所で作ってもらった、戸籍の写しだ。
「トラモント、が本当の苗字だよ。代々、島の領主の家系だったんだって」
「そうか……」
フェリシア・トラモント。トラモント島の領主の娘、か。
「随分あっさり作れたな」
「登録漏れや隠し子問題は少なくないんだろうねえ」
「あとは、お前の実家がこれに気付いて何か言ってこないかだが」
「大丈夫でしょ。流石に役所もべらべら個人情報は漏らさないだろうし」
スツルムとドランクが話している二歩後ろを歩きながら、丁寧にそれを折り畳んで鞄に仕舞う。
死んだ人間が、生きている人間としての証明を得てしまった。とんでもなく悪い事をした気分だ。
「さて、見つからない内にさっさと島を出よう」
「……ああ」
足を速めたドランクの背を追う。私はこの名前から思い出せそうになっている古い記憶を、そのまま呼び起こしてしまって良いものか、悩んでいた。
帰っておいで。私はどうしてそう急かしていたのだろう。