宇宙混沌
Eyecatch

第8章:ドランクを助けたいジータちゃん [5/7]

「……誰に?」
 ドランクは黙って隣に立つ人物を指差す。
 そこに立っているのは、何回瞬きしたって、生きているスツルムだ。
「え?」
「彼女はこれから一度死ぬ。だからその直後に、ね?」
「ど、どういう事? 死ぬって、殺すってこと?」
「ちゃんと説明してやれ。流石に納得しないだろ」
「はいはい」
 ドランクは口角をわざとらしく下げると、前髪を掻き上げる。
「ひっ」
 そこにはただの穴があった。瞼を含め、その周囲には傷一つ無い。魔物にやられたにしては不自然すぎる。
「あの本を読んだんなら、僕が何をしたか解るよね?」
 全ての点が繋がった。
「……死んだスツルムを生き返らせたんだ……右目と引き換えに……」
「惜しい! ちゃんと読んだ? 肉体だけじゃないよね、代価は」
「あたし達はどうしても取り戻したい。ドランクが失った感情を」
 私は杖を両手でギュッと握り締める。
「だからって私を身代わりにするの!?」
「団長さんの魔法と生命力ならもっとダメージ少なくて済むよぉ。それに、折角解除魔法があるんだから、活用しないとね」
 ドランクは逃げようとした私の隣に手を突き、進路を阻む。反対側はスツルムが塞いだ。
「そもそも、大事な物と引き換えにするからややこしくなるんだ」
「最初から第三者に術をかけさせれば良いだけの事」
「尤も、いざって時はそれが難しいからねえ。だから解除魔法が必要だったんだ」
「……蘇生魔法を、別の術者にかけ直させる為に……」
 自分で言いながらも吐き気がする。そんな自分勝手な魔法が許される筈が無い。
「で、でも! そしたら私は、多分解除魔法もかけられるよ! 私がスツルムを生き返らせた後、代価を取り戻そうと魔法を解除したら……」
「君はそんな事出来ないでしょ、お人好しだから。それに……」
 ドランクの片方だけしかない瞳が光る。
「これは永続性のある魔法だからね。その前に君を殺してしまえば、魔法だけがこの世に残る」
 スツルムがまた剣を抜いて、距離を詰めてくる。ドランクは反対に距離を取った。
「ま、すんなり請けてくれるとは最初から思ってないよ、でも」
 ドランクは言葉を切り、宝珠を素早く別の岩に向かって投げる。聞き慣れた声が上がった。
「くそっ……気付いてやがったか……」
「まあね~」
 ドランクの魔法で縛り上げられ、岩の陰から引っ張り出されたのはラカムだった。ドランクは彼の銃を取り上げ、自分のベルトに引っかける。
「ラカム!」
「ほら言わんこっちゃない! ドランク達と街まで行ったって聞いて、様子を見に来たらこれだ」
 ラカムは乱暴にジータの足元に転がされた。スツルムの剣が彼の喉元に向く。
「此方ももう後には退けないんでね。ちょーっとばかし怪我をするのと、ラカムの命が無くなるのと、選んでもらおうかな」
「耳を貸すなジータ! お前だけでも艇に逃げろ! カタリナ達を連れて来れば勝てる!」
「まあ、そんな事になったら流石に逃げ出すかなー。それに、捕らぬ狸の皮算用だと思うよ、それ」
 それぞれの武器を構えた二人の威圧感が凄い。流石は歴戦の傭兵といったところか。仮に私が逃げられても、そうすればラカムの命は無いだろう。
 私は返答に詰まる。私だって二人を助けてあげられるなら助けてあげたい。
 でも自信が無かった。魔法をかけて、失敗してしまったら? 私に大したダメージが無くても、スツルムが死ねば、どの道私達を生かして帰す理由がドランクには無くなる。
「大体、そんなに右目が惜しいかよ!? 現にスツルムは、お前の魔法のお陰でピンピンしてんじゃねえか。それで不満なのかよ」
 足元からラカムが声を張り上げる。ドランクは視線だけを動かしてラカムを見下ろした。
「僕が失ったものはどうでも良いよ。ただ、僕がスツルム殿の為に犠牲になった、って事実がある限り、スツルム殿はずっと気に病んでしまうからねえ」
「ドランク……」
 何か言いたげにしたスツルムの声が聞こえなかったのか、ドランクは今度は私の目を見て続ける。
「僕は、これ以上スツルム殿を僕の元に縛ってはおけない」
 言い切ったドランクの声は、どこか震えているように思えた。
「……なあ、ドランクよ」
 落ち着いた口調に、全員が下を向いた。ラカムは視線が集中して居心地が悪そうにしながらも、言いたい言葉を紡ぐ。
「お前、何の感情を失ったんだ?」
「他人に対する感情の殆ど全部かなあ」
「俺にはそうは見えねえぜ」
「……そりゃあ、団長さんのお陰で少しは戻ったみたいだしぃ?」
「理由はそうかもな。とにかく、俺にはお前さんが、ちゃんと相手の事を考えられる人間に見えてるぜ」
 ドランクは黙り込む。
「お前のした事も、しようとしている事も、世の中の義や理から外れた大罪だって事は解ってるよな? でも、そうまでしてでも誰かを救おうとする心には、俺はもう、感情が戻ってると思うぜ」
「……君は何も解っていないよ」
 ドランクは諦めた様に吐き捨てて、私を見る。
「最後に一度だけ訊くね。僕達の依頼、請けてくれる?」
 私はややあって、首をゆっくりと横に振った。ラカムの言う通りだ。きっともう何回か説得すれば、取り戻す必要なんて無いと解ってくれる。そう信じて。
 でも、ドランクの手はさっき取り上げた腰の銃に伸びた。
「やめて! ラカムは関係ないで……」
 制止しようとした言葉は尻すぼみになる。
 ドランクが銃口を向けたのは、彼自身の心臓だった。

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