ドランクの仕事 [6/7]
「居たぞ!」
僕は街の衛兵達から逃げていた。ひょい、と建物から建物へと乗り移る。鎧を着ている兵士達には手も足も出ない。
「くそっ、見ない顔だが街の地図は頭に入っているようだな……」
「飛び道具の準備はまだか?」
そんな会話を背に、一先ずは安心する。このまま逃げて、適当な所で地上に降りて……。
そう考えていた僕の耳に、遠くから銃声が届いた。港の方。
「まさか……」
僕は兵士達を振り切り、建物の屋根から飛び降りる。裏路地を通って、音がした方へと急いだ。
「止まれ!」
しかし直ぐに、増援に来たらしい二人の衛兵に足止めを食らう。狭い場所で魔法を使うのは気が進まないが、躊躇っている時間は無い。宝珠を取り出し、詠唱する。
「レキング――」
「ぐはっ」
「って、え?」
僕の魔法が飛び出す前に、目の前に居た兵士が倒れる。驚いたのはもう一人の兵士も同じらしく、振り返った所で顔面を剣の鞘で殴打され、仲間の上に折り重なって気を失った。
「忘れ物……。早く被れ」
「スツルム殿……」
倒れた兵士の後ろに立っていたのは、僕のマントを差し出しているスツルム殿だった。
「話は後だ。艇に乗るぞ」
「……うん」
マントのおかげか、連れが居ないと思われていたからか、僕達はあまりにもすんなりと騎空艇に乗り込む事ができた。
艇が港から離れ、僕は気が抜けた様に一等室のソファに倒れ込む。本当に疲れた。
そこにスツルム殿の剣が降り注ぐ。
「痛って! 痛い痛い! ちょっとは休ませてよ~」
「その前に説明してもらおうか」
「わか、解ったから! 刺すのやめて!」
結局スツルム殿の気が済むまで突かれる。僕はまず、謝った。
「ごめんねスツルム殿」
スツルム殿は窓辺に立って、名残惜しそうに遠ざかる街並みを見ている。まともに観光もさせてあげられなかったばかりか、恐らくもう二度とこの地を踏めなくなってしまった。
「謝らなくて良い。此処に来たいと無理強いしたのは、あたしだ」
だから余計になんだよ。
「……何から訊いて良いのか解らない」
それはスツルム殿なりの優しさに見えた。僕が踏み込まれたくない話は、語らなくても良いという旨の。
「でも、まず、どうして追われていたのかは知りたい」
「……丘の上の屋敷で殺人事件が起きたのは知ってる?」
「ああ」
「それが今回の依頼」
スツルム殿は窓の外から僕に視線を移動させた。特に驚いた様子はない。
「殺人未遂……と住人が言っていた。お前、失敗したんじゃないか?」
「あー……なるほどね……」
殺せていなかったのか。それなら依頼人が僕やスツルム殿を捕まえようとするのも頷ける。報酬は全部持ち逃げする形になってしまったか。
「……お前、いつもこんな事してるのか? あたしが居ない時」
「いや、今回が初めてだよ。成り行きで」
身を起こし、服の皴を直して座り直す。
「あたしを人質に取るとでも脅されたか?」
「まあ、そんなところ」
スツルム殿は無表情をほんの少し厳しくすると、僕の隣に座った。
「あの程度の腕しかない奴等に、あたしが捕まるか」
「いやー僕もそう言ったんだよ? でも、あの人がおっかない事も知ってたからね……やっぱり心配でさ」
「冷静な判断じゃない」
「返す言葉もありません……って、やっぱりスツルム殿の所にも来たんだ」
使用人の戦闘能力はともかく、彼の人探しの腕はやはり侮れない。
「お前の居場所を訊かれた」
「怪我しなかった?」
「別に」
「良かった……」
安堵の声を漏らした僕の耳を、スツルム殿が撫でる。触ってもらえるのは随分久し振りな気がした。
「依頼人とは知り合いか」
「昔のね。でも向こうはそうと知らずに頼んだみたいだ。僕じゃなかったら、任務が成功しても口封じして、前金も回収するつもりだったんだろう。まあ、結構可愛がってくれてた方の人だから助かった」
スツルム殿が手を下ろす。もう少し触れていてほしくて、僕は荷物からピアスを出す。
「つけて」
「ん」
スツルム殿が立ち上がる。彼女の指が僕の短い毛を掻き分けて穴を探し、飾りを取り付けた。ついでに髪も解かれ、細い指が編み込みを伸ばそうと何度も梳く。
「お前、追われる身になるのか?」
再び隣に腰を下ろしたスツルム殿の声は、少し震えている。
「それは無いと思う。あの街……というか島だね、あそこは依頼してきた人とか、あの家の権力が強い場所だから……」
依頼人は腹いせに、僕の事を告げ口くらいはするだろうな。あの家の者は、島の外までは追いかけて来ないだろうけど……。
「あの家?」
「…………」
僕はまた無意識に前髪を押さえていた。その手をスツルム殿の小さな手がゆっくりと剥がす。
「言いたくないなら言わなくて良い。興味がある訳じゃない」
「スツルム殿は優しいね……って痛! 今の絶対刺すとこじゃないでしょ!」
「うるさい! お前がいつまでもうじうじしてるからだ!」
「はいはい」
僕はいつもの「ドランク」の顔に戻る。スツルム殿は、なんだかんだ言ってこっちの顔で居ないと凄く心配するからなあ。勿論、今回の件はそれ以外にも心配をかけてしまって反省している。
「でも、個人的な恨みは買ってしまったなー」
「被害者にか」
「被害者の子供にね」
呪いをかけてしまった。恨むんだったらこの家に生まれた事を恨め……僕が昔かけられたのと同じ呪いを。
正直、全部の罪を気にしてたら傭兵なんてやっていけない。過失で殺めてしまった人への罪と、殺意を持って接したが命を奪うまでには至らなかった人への罪のどちらが重いのかも解らない。ただ、これだけははっきりしている。あの呪いは一番質が悪い。
「……報酬の中身でも見るか」
スツルム殿はそれ以上は追及してこなかった。立ち上がり、前金と今日受け取った最終的な報酬の袋を取る。
「ひっくり返して良いか?」
「良いよ良いよー。命懸けで貰った報酬だからね~床にざばーっと」
スツルム殿が袋を逆さまにする。一つ目が終わると、その上に二つ目の中身も注ぐ。
「小型騎空艇くらいなら買えそうだね……」
貨幣と装飾品類とを分別しつつ、指輪等を物色する。気に入った物はそのまま指に嵌めた。
「操舵出来るのか?」
「出来ないけど、出来る様になったら買っても良い?」
「好きにしろ……これはお前が稼いできた金だ」
スツルム殿はそう言うと、眺めていた光を眩く反射する宝石をそっと床に置く。
「えーでも僕、最後はスツルム殿に助けてもらったし。好きなの持って行って良いよ」
「当然……あたしの役割はお前の護衛だから」
言いつつも、スツルム殿は財宝の山を取り崩していく。ちゃっかりしてると言うかしっかりしてると言うか。ま、基本その日暮らしの傭兵としては見習うべきだけどね。
「ドランク」
僕が三つ目の指輪を嵌めて眺めていると、スツルム殿が何かを見付けて見せてきた。大きな金のモチーフの付いたピアスが四つ。
「あたしはこれだけで良い」
「そお? さっきの綺麗なのも……」
「穴開けてほしい」
「四つも?」
スツルム殿の小さな耳には左右一つずつが限度だろう。そう思って訊くと首を横に振る。
「二つはお前にやる。マントを忘れられたら、目印が無くなるからな」
「……ちょっと痛いよ?」
僕は耳飾りを一つ手に取ると、毛の生えていない小さな耳に触れた。
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