ドランクの仕事 [5/7]
どうやってあの屋敷から脱出したのか覚えていない。気付けば僕は依頼人の屋敷に居て、僅かながらも飛んできた返り血の染み抜きをしてもらっていた。
「確かに。奴の死はニュースになるまで時間がかかるかな?」
言いながら依頼人は、昨日の倍の大きさの袋を机に置く。
「噂が広がるまでにこの島を脱出しなさい。その様子じゃ、ちゃんと始末もしてくれたみたいだし」
そんなに酷い顔をしているか。染み抜きが終わると、僕は袋を掴んで屋敷を辞す。
とにかくスツルム殿を連れて島を脱出しなければ。目撃者の子供を口封じしなかった事だけは憶えている。青い髪のエルーンがやったと証言されれば当然、あの家の者にだって伝わるだろう。
「スツルム殿!」
宿の部屋に飛び込んだが、もぬけの殻で呆然とした。任務は遂行したのに、どうして。
「あら、その部屋の子なら今朝荷物まとめて出てったよ。用事が出来たって」
通りがかった掃除婦がそう教えてくれた。良かった、連れて行かれた訳じゃないのか。
しかしどうしたものか。明日の艇の時間には港に来てくれるだろうが、それまでは一人で観光など楽しむつもりかもしれない。
いや、要はスツルム殿が無事なら良いんだ。彼女には僕が来なくても艇に乗れと言ってある。僕の方が先にこの島を脱出しておくという手があった。
そう思って港へ向かい、荷物を回収する。次の便は夕方か……。それまでは変装して過ごそうと思ったところ、重大な事に気付く。
マントが無い。
ドランクの足取りは結局掴めなかった。あたしは不安な気持ちのまま、一先ず港へ向かう。いずれにせよ、事が済んだら直ぐにこの島を出るつもりだったみたいだから。
「殺人未遂ですってよ」
「どこで?」
「丘の上のお屋敷、最近サロン開いてる」
「うっそお」
「怖いわねえ」
「私達には無縁よ」
港の近くの公園で、そう話している住人達の声が聞こえた。あたしは木にもたれかかって休憩するふりをして、その会話を盗み聞く。
「それで、犯人は?」
「捕まってないらしいわ」
「白昼堂々の犯行なのに?」
「なんでも目撃者が子供しか居なくて……」
「やっぱり怖いわあ。犯人、どんな人なのかしら」
「確か青い髪のエルーンだとか……」
あたしは手に持っていたドランクのマントを取り落した。
「青い髪のエルーン……」
あたしに内緒で引き受けた依頼、異常に高額な報酬、あたしに宿から出るなと言った事、直ぐにこの島を離れようとしていた事……全部辻褄が合う。あいつが引き受けたのは、殺しの仕事だ。
「お嬢さん」
ドランクを再度探そうと、落としたマントを拾おうとした時、優し気なエルーンの男性に声をかけられた。
「見ない顔だね。旅人さんかな?」
「あ、ああ。そんなものだ」
直感が働く。この男、危険だ。
マントを拾って胸に抱く。片方の手は、直ぐに剣を抜ける様に移動させた。
「おっと、怖がらないで。事件が起こったみたいで、君も怖いだろうけど、犯人は多分直ぐに捕まるよ」
あたしはじりじりと距離を取ろうとする。しかし、この男、隙が無い。正確に言うと、物陰からあたしを狙ってる手下みたいなのが何人か居る。
「でも、その前に私が捕まえたいんだよね。君なら居場所を知っているんじゃないかと思って。『スツルム殿』」
本性を現した! あたしはその隙を突いて相手の股間に肘鉄を食らわせ、逃げる。発砲されたが、路地裏に逃げ込んで難を逃れた。なんだこの程度の腕か、拍子抜けさせてくれるな。
「きゃあああ!」
「何!? 鉄砲の音が……」
住人達がパニックを起こしている声が聞こえた。そもそも人前で手を出すとは、戦略が幼稚……。あたしは追手を巻いた事を確認すると、改めてドランク探しを再開した。
ドランクの奴、あの程度の男に踊らされて……。後でたっぷり刺してやる。
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