宇宙混沌
Eyecatch

ドランクの仕事 [4/7]

 翌日、僕は標的の屋敷の前に居た。髪はいつも以上に上品に見えるよう、編み込みを施して後ろで纏めている。怪しまれない様に、普段腰に巻いている魔法道具も含め、必要最低限の武器以外は港の荷物預り所に置いてきた。
 鍵の形は昨日目に焼き付けた。標的の顔も然り。僕は門番にカードを見せると、素知らぬ顔で屋敷へと入る。
 漂う香水の匂い。甘いお菓子の香り。よくある上流階級のサロン。懐かしい……そう思う自分がまだ生きていた事を知る。
「貴方、見ない顔ですわね」
 僕より少し年下に見えるヒューマンの女性が声をかけてきた。その視線は、失礼にならない様に配慮されつつも、明らかに僕の髪の色を吟味している。
「暫く旅に出ていまして。帰って来たら面白いサロンがあると紹介されたので、初めて来てみたんです」
「まあ、そうでしたの」
「今日のゲストは?」
「劇作家と聞いていましてよ」
 普通に聴きたい。が、勿論そんな暇は無いだろう。
 女性は少し世間話をしたら離れて行ってくれた。僕は次に話しかけられる前に奥へと進み、屋敷の主人を探す。……居た。
『鍵は恐らく彼が肌身離さず持っている』
 と言われても、この場では襲えまい。屋敷の主だから、他の部屋に戻ろうとしている所か、戻った所を捕まえるしか無いだろう。
 それから、その肌身離さず持っている場所を見付ける必要がある。鍵の大きさから言って、ポケットに入っていれば間違いなく判るが、その様子は無い。
 暫くすると、ゲストの講演が始まる気配が見えた。主人がゲストを紹介する為に皆の前に立つ。僕はその足音を覚えておいた。同時に彼のシャツの首元に、首飾りにしては太すぎる鎖がちらりと見える。多分あれだ。
 僕は皆が椅子に着席しようと動いている間を縫い、扉を摺り抜けて会場の奥へと侵入する。それなりに広い屋敷だ、主人がどの部屋をよく使っているのか見当もつかない。
 僕は会場に追加のお菓子を運びこもうとしていた使用人を捉まえると、尋ねた。
「すみません、お手洗いの場所を教えていただいても?」
 どんな人間でもその場所は使う筈だ。待っていればそのうちやって来るだろう。
「此処を真っ直ぐ行って、突き当たりを右に曲がり、更に右に曲がって突き当たりです」
「ありがとうございます」
 僕はそこまで行き、手袋をはめて扉を開ける。案の定、無意味にだだっ広いトイレだった。冬になると寒いんだよな、これ。
 が、しかし好都合でもある。掃除用具入れも中に備え付けられていた。客人が多く来ているうちは清掃しない筈だ。僕は背中に隠していたナイフを取り出すと、その中に身を潜めた。
 ……しかし、目当ての物は服の中に隠しているか……。脅して渡してくれるなら良いが、騒いで使用人や警備の者を呼ばれても困る。第一、「始末する」という任務を遂行しなかった場合、始末されるのは僕達……最悪僕は見逃してもらえても、スツルム殿はそうはいかないだろう。やるしかない。
 思っていたよりも早く、例の足音が聞こえる。扉が開き、閉まろうとする音。僕は覚悟して飛び出すと、相手の顔を確認する。相手も気付いて護身用の銃を抜こうとしたが、その前に僕は彼の胸にナイフを突き立てた。

 もう一つの足音に気付かなかったのは不覚だった。
 絶えようとする命が手を伸ばすその先。それは鍵などではなく、閉まりきっていない扉だった。
 振り向くと、まだ十にもならないと思われる子供が僕の事を見ていた。
 大きく見開いた目、声の出ない喉。尻もちをついて悪鬼を見上げる。
 あの日の自分と重なった。
「……っ!!」
 僕は魔法で目当ての鍵の鎖を引きちぎる。確かに奪い返した。
 標的の体に刺さったままのナイフを捨て、まだ声を出していない子供に近寄って囁く。
「恨むんだったらこの家に生まれた事を恨め」
 言ってそのまま押し倒し、頭を床にぶつけて気絶させた。
 恨めしい。恨めしい。あの家に生まれなければ、僕も顔の半分を失わずに済んだのに。

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