ドランクの仕事 [2/7]
依頼人の屋敷に着いて手紙を見せると、僕は主人の書斎へと通された。数人の使用人が控えている中、屋敷の主人はゆっくりと振り向く。
「おや、君は……」
依頼人は僕の倍ほどの年齢のエルーン。見覚えのある顔。僕の青い髪を見て驚嘆した。
「あの家の息子じゃないか? 何年か前から音信不通だとは聞いてたけど、傭兵をやっていたとはねえ」
「御無沙汰しております」
僕は社交的な笑みを浮かべる。
「いや本当に。前に会った時、君はまだこんなだったか?」
言って依頼人は机の高さより少し上で掌を止める。彼の反応からして、僕だと判った上で依頼した訳ではなさそうだ。
「道理で傭兵にしては洒落た名前の二人組だと思ったんだ。まあ、だから気になって依頼する気になったんだけどね」
穏やかな表情とは裏腹に、眼鏡の奥から投げかけられる視線は鋭い。
「お父上が心配していたよ」
「まさか。激怒していたの間違いでしょう」
「はは、そう言っても正しい。私の捜索網に引っ掛からずに、よく今まで暮らして来れたね。おかげで私まで彼には怒られたよ」
なんとなく、嘘の気配がする。彼の人探しの腕は一流だ、僕なんかその気になれば直ぐに見付けられただろう。僕の事を探すというのは口約束か何かで、真面目にやっていなかったに違いない。
「ところで、目の調子はどうだい?」
「とっくに潰されてしまいましたよ」
「潰された……?」
あ、まずい。自分で秘密を暴く所だった。
思い出したくも無いあの日の事を。
「ま、元々明暗くらいしか判りませんでしたしね。それより依頼の内容をお聞かせいただいても?」
「ああ」
無理矢理話の流れを捻じ曲げる事に成功する。
依頼人はポケットから一つの鍵を出した。続いて引き出しから地図も出して机に置く。
「これと同じ物を、この屋敷から取り返してほしい」
何の鍵だろう。好奇心は疼いたが、知らないで良い事は、知らないままでいる事に越したことはない。
「そう言えば、島には一人で来たのか?」
「スツルム殿も連れて来ていますよ。話を聴くだけなら二人でお伺いする必要は無いでしょう。依頼内容によっては二人で対応させていただきます」
「ああ、君が『ドランク』の方なんだね」
依頼人は控えていた使用人に、前金を持って来るように指示する。暫くして、重そうな袋が地図の隣に並べられた。
「私が依頼するような事だ。ただ鍵を取り返して来れば良いだけとは、思ってないだろう?」
「ええ」
袋の大きさと置かれた時の音からして、中身が全部金貨だとすると、僕とスツルム殿の半年分の生活費くらいありそうだ……。成功時の報酬は、少なくとも前金と同じかそれ以上。相変わらず動く金が桁違いの世界で、辟易する。
「私が期待している事を当てられるかな?」
「……盗んだ者を始末、ですかね」
腹の探り合い。本当にこの島に居ると疲れる。
「うん。良く解ってるじゃないか」
当たり前だろう。僕は生まれた時からこういう世界で生きてきたんだ。
依頼人は服のポケットから一枚の絵を取り出す。標的の似顔絵だ。
「私の調査では、鍵は恐らく彼が肌身離さず持っている……。殺しは初めてじゃないよね?」
「まあ……多少は……」
とは言え、殺しの仕事なんて請けた事は無い。大規模な戦闘で魔法に巻き込んで死なせてしまった事や、正当防衛でやむを得ず殺めてしまった事はある。ただそれだけだ。傭兵をやっている以上、ある程度避けられない事とは言え、積極的に誰かの恨みを買うような事はしたくない。
一方で、戦場で人を殺すのと、依頼で人を殺すのがどう違うのか、解らない自分も居た。
「普通の傭兵が来たら相手の屋敷に侵入してもらおうと思っていたけど、君なら正面からでも入れそうだね」
依頼人は更に、引き出しから一枚のカードを取り出す。
「相手はほぼ毎日、午後にサロンを開いているんだ。明日もあるらしい。このカードを見せれば招待客と見做されて怪しまれずに入れるよ。実を言うと、その鍵が盗まれたのもそのサロンでの事でね」
「ちょっと待ってください」
「ん?」
「まだこの仕事、引き受けるとは言ってません」
「何を今更」
シャキン、カチャ、と背後で音が鳴る。首筋に感じる明確な殺意。
「依頼内容を聞いておいて、引き受けずに生きて帰れるなんて甘い考えだったの?」
僕は眉根を寄せた。強行突破して逃げようと、宝珠へ手を伸ばそうとしたが、依頼人の言葉に手を止める。
「何なら、君の相棒の命でも良いんだよ? 秘密を知った代価はね」
「っ……ははっ」
笑った僕に依頼人は怪訝な顔をする。
「彼がそう簡単に捕まるとは思えませんね」
僕が「ドランク」である事も知らなかったくらいだ、スツルム殿がどんな人物なのかもきっと知らないに違いない。そう思って嘘の情報を吹き込んでおく。
とは言え、そう言われると後には退けなくなった。彼にかかれば、スツルム殿の居場所がばれるのも時間の問題だ。
「良いでしょう、請けますよ。但し条件が一つあります」
「なんだい?」
「あの家の者には、僕がこの島に来ている事を伝えないでいただきたい。お父様にもです」
「……構わないよ。ああ、そうだ、君も長居はするつもりないみたいだし、仕事の後はすぐに島を出る方が良いよね?」
「そうですね」
「帰りのチケットも持たせてあげよう。他にも必要な物があったらあげるよ、知人の子供の成長を見られて僕も嬉しいからね」
優しい笑顔。そういう話をしている間は本当に普通の人に見えるから厄介だ。懐柔に乗せられない様にしなければ。
「いえ、特には」
「武器はあるのかい?」
「魔法を少し」
「ちゃんとしたのがあると良いよ。特に暗殺の場合はね」
依頼人はちょいちょい、と指を曲げて僕を近くに呼んだ。部屋の壁に並んだ棚の一つを選び、引き出しを開ける。鞘に納められたナイフがずらりと並んでいた。
「返さなくて良いから、手に馴染む物を持って行きなさい。手袋、渡してあげて」
二言目は使用人に向けてのものだった。僕だって足がつかない方が良い。ここはお言葉に甘える事として、手袋を受け取る。
「おや、それにしたのかい?」
一つ選んで机の前に戻ると、依頼人が笑った。
「君の父親もそのタイプが好きなんだよ。やっぱり親子だねえ……そんな怖い顔しなくても良いじゃないか」
「失礼」
「私も何があったかは聞かないでおくよ」
それでもその視線は、僕の前髪の下を向いていた。
僕は前金と、仕事に必要な物を持たされ、屋敷の外に出た。
どうする? こんな仕事にスツルム殿を巻き込む訳にはいかない。
『君の相棒の命でも良いんだよ?』
……いや、既に巻き込んでしまっている。依頼人は僕の事を完全に信用はしていないだろう。僕が逃げたりへまをすれば、スツルム殿を使って脅しをかけてくるはずだ。
僕は宿へと急ぐ。しかし丁寧に十分遠回りをして向かった。
この仕事は僕だけで行う。
* * *
「一応、相棒の『スツルム』の居場所を把握しておいてくれるかな? 手掛かり? いや、男じゃないと思うよ。あの様子からすると多分、恋仲か何かじゃないかな。青い髪のエルーンなんて珍しいんだから、少し聞き込めば宿くらい直ぐに判るでしょう」
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