第2話:ドランクと許婚を見守るジータちゃん [5/7]
ドランクの言葉を聞いて、スツルムが私を小突く。
「帰る」
「え? 良いの? 鍵は?」
「部屋の前で待ってたらそのうち来るだろう」
まあ、あの様子だとドランクの方には気が無いみたいだし、大丈夫だよね。と思って振り返ると、背の高いエルーンが立ちはだかっていて思わず叫ぶところだった。
「ユーステス! びっくりするから気配消して背後に立たないでよ!」
「熱中して油断する方が悪い」
と言いながらもその視線はベア……と言うよりその隣で彼女を慰めるドランクを見ている。
「あの男、何者だ?」
え、なになに? もしかしてユーステス、やきもち妬いてるの???
「知らん」
「ベアの婚約者ってのは本当だって」
「ふん、相棒の素性も知らずに組んでいるのか」
「仕事を熟す上で、同僚の出自や生い立ちの情報は必要じゃない」
「一理ある」
ユーステスがいつも肌身離さず提げている「武器」の位置を直し、カシャン、と音を立てる。
「だが、ベアトリクスの婚約者ともなれば、相当身分の高い家柄だ。それが今や傭兵風情とは、事情がありそうだな」
「嗅ぎ回るのは勝手にしろ。だが、あいつを敵にすればあたしも敵になる事を、忘れてもらっては困るな」
二人の間に緊張が走る。
「上着ありがと! じゃあまたな!」
と、そこでベアが戻って来たので、私は慌てて二人を物陰に押し込んだ。ユーステスは、彼女の栗色の髪の上に載った花冠がきらきらと反射するのを、目で追っている。
「行かないの?」
「ああ、そうだな」
ユーステスはベアトリクスの後を追う……のかと思いきや、テラスへ。
「え、ちょっと、喧嘩はやめてよね!?」
「何の話だ?」
私達の声にドランクが振り返った。
「ユーステス君、遅かったね。って、スツルム殿! もしかして締め出しちゃってた? ごめんごめん」
ドランクが荷物から鍵を取り出してスツルムに渡す。私とスツルムは状況が飲み込めず、顔を見合わせた。
「えっと、もしかしてドランク、ユーステスと待ち合わせてたの?」
「そうだけど? さっき大浴場でユカタヴィラの帯結んでくれてね、そこから話が弾んじゃって」
ド、ドランク(標準身長で甘い顔のアラサーエルーン)のユカタヴィラの帯を結ぶユーステス(高身長でイケメンのアラサーエルーン)……!?!? 想像しただけで絵になる……。え、しかも待ち合わせてたってどういう事? つまりそういう事!? さっきユーステスがドランクの素性を気にしてたのも仲良くなりたかったから!?!?
「一旦部屋に戻って来てみれば、ベアトリクスと話をしていたから遠慮したまでだ」
私がそんな妄想をしているとは露知らず、ユーステスはドランクに答える。
「礼を言う」
「僕、お礼を言われるような事したっけ?」
「あいつに妙な期待をさせないでくれた事だ」
ドランクの表情が少し翳る。
「まあ、僕は彼女が失いたくなかったものを、自ら捨ててきたんだからね。僕が約束を果たしたところで、ベアトリクスが失ったものは戻ってこないし、上手くやっていける気もしないよ」
「ドランク……」
らしからぬ様子に、スツルムが心配そうに声をかける。
「なーんてね。本当に、最初から結婚なんてする気は無かったから。気にしなくて良いよ」
「そうなのかあ」
うっかり残念そうな声を出してしまい、全員の目が私に向く。
「あ、いや、私だったら、ベアみたいな子が婚約者だったら好きになっちゃうなあ、と……」
「そりゃ勿論、ベアちゃんはお姫様みたいに可愛かったけど、最後に会った時まだ小さかったし……」
何故かドランクは遠い目をする。
「姉君の方は女王様って感じだったしね……」
あ、これなんかトラウマ的なやつじゃない? それ以上は突っ込まないでおこうと思ったのに、意外にもスツルムが口を開いた。
「悲しいか?」
「悲しい、のかな」
「だったらお前、その姉の事が好きだったんだ」
ドランクは困ったように笑う。ああ、この人本当に感情発達してないんだ……情操教育頑張って、スツルム。
「どうだろ。お母様にあの子と遊ぶのは駄目って言われて、ベアちゃんとばっかり遊んでたからなあ……」
うーん、反りが合わないんじゃなくて親の反対だったのか……。そんな事を言われる程度だったお姉様の荒れっぷりや、そんな彼女を好きになった経緯も気になる。けど、勝手に相手を決められていた挙句、恐らく初恋だったのに邪魔されて、再会も果たせなかったドランクが不憫すぎて訊けない……。
これ以上語らせるのは傷を抉りそうだ。コホン、と咳をして、話題を変える。
「と、ところで、ユーステスと待ち合わせて何するつもりだったの?」
「話し合いだ」
言ってユーステスは懐から地図を取り出し、ドランクの隣に並ぶ。
「この島だ……」
「どこどこ? 結構遠いね」
「ああ……だが此処では犬をもふもふし放題だ……」
「もふもふし放題……」
あのー、もしかしてまた犬触りに行く計画してます? ユーステスさん?
「そんなもの……自分の耳を触ってれば良いだろ」
地図を見ようと二人の後ろでぴょこぴょこしていたスツルムが、自分の背では届かないと気付き、諦めてそんな事を言う。キッ、と二人が揃って振り返った。
「まーそう言われるのはエルーンの宿命なんだけどさー」
「やはりお前の相棒も理解していなかったか。自分の耳を触るのとは大違いだという事を……!」
ドランクはテラスの柵に肘をつき、ユーステスは顔に手を当てて唸る。傍から見るとイケメン二人がイケメンポーズを取ってる様に見えるんだけど、言ってる事はヒューマンの私からするとしょうもない。
「そんなに触りたいんだったら、互いの耳を触れば良いんじゃないか?」
スツルムーーーーー!! その発想、天才なの?
「いや、エルーンとしてそれはあり得ないでしょ」
「同感だ」
が、勿論却下される。よく解らないけど、他人の耳を触って癒されるのはエルーン的にアウトらしい。
「でも、折角誘ってもらったし、スツルム殿も行かない? ちょうど次のユーステス君と僕達のお休み、被ってるみたいだしさ」
スツルムは部屋の鍵を弄んでいた手を止める。
「誰も行かないとは言っていない」
「んもぅ~素直じゃないんだから~」
「用が済んだら早く戻って来い。包帯を巻き直す」
踵を返したスツルムを、ドランクが追う。
「あ、待ってよ。僕も帰るってば。じゃあね、ユーステス君、団長さん、おやすみ」
「おやすみ~」
「おやすみ」
さて、と。鎌かけタイムといきますか。
「それにしてもベアとドランク、仲良さそうでびっくりしちゃった。ユーステスは、ベアが取られちゃわないか心配じゃなかったの?」
「あんなに相棒の話しかしない男が、他の人間に興味があるとは思えんな」
あ、なるほど、ドランクの「スツルム殿」ばっかり連呼するマシンガントークの餌食になったのか。
「だよねー」
って、あれ? 今さり気なく「ユーステスはベアの事が好き」前提で喋ってみたのに否定されなかったな!? その恋心、自覚して!! それとももう自覚してる!?
私は脳内推しカプウォッチリストに二人の名前を追加した。
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