宇宙混沌
Eyecatch

トリップ


 一つ学んだ事がある。魔法の論文を読む時は、著者の経歴や所属や査読の有無に気を付ける事。ただでさえ独学で、人より慎重にならないといけなかったのに。
 例の魔法は、あくまで発展させればタイムトラベルができるかもしれないと示唆していただけで、実際には時空の超越ができるのは魂のみとの事だった。いや、それだけでも十分凄いけどね。使いこなした僕もね。
 けれど、それが幻覚ではないと第三者に証明する事ができず、結局その論文は眉唾物の烙印を押されたらしかった。
 僕は本当に未来を見たのだと信じている。実際、ちょうど未来を見ていた時間の分だけ、ホテルの部屋では僕の生命活動が止まっていたのだ。ガロンゾの港は、日に日にあの時見た姿に近付いていく。
 つまり、黒いマントを着るようになったら、僕は僕を助けに行かないといけないということだ。
「あ~まったくもう~~~」
 未完成の魔法を使って命懸けの大冒険をする度胸があるなら、さっさとプロポーズすれば良かったのに。十年経ったのにまだ出来ていない。くそっ、本当に過去の自分を殺してやりたい。一回火あぶりにしただけじゃ溜飲が下がらないかも。
「なんだ? ドランクの方が機嫌悪いなんて珍しいな。スツルムが遅れてるのか?」
「いいや。僕が早く来ただけ」
 水のお代わりを入れてくれた店員に礼を言う。スツルム殿はギルドに手紙を取りに行っていて、今日は港に近いこの居酒屋で待ち合わせだ。
 窓の外を見る。スツルム殿は次の艇だろうか。人の流れの向こうに、あの路地が見えた。
 食べかけだった昼食に戻る。その瞬間、ドクン、と妙な感覚が胸を打つ。
 再度窓の外を見た。先程と変わらない、普段のガロンゾの通り。
 ……いや、来たんだろう。相手は魂だ。あの時、過去の僕からは今の僕が見えたけれど、逆はそうじゃなかったのかもしれない。目が合わなかったし。
「マスター! すぐ戻るから、スツルム殿が来たらよろしく言っといて!」
 僕は店を出て路地に駆け込む。
「待ってたよ」
 誰も居ないそこに話しかける。それでも、僅かな魔力の動きを感じられた。指名手配のポスターの前。
「詳しく説明している暇は無いんだ」
 魔法の炎で元の時間に戻れた理由はわからなかった。が、これで成功したんだから良いだろう。
「君には死んでもらう」
 そしてスツルム殿を独りにしないように。好きな人を泣かせた罰が、熱さも痛みも感じない火あぶりだけなんて、僕も自分に甘いな。

「何してたんだ?」
 路地から大通りに戻ると、スツルム殿が僕を見上げた。丁度着いた所だったのか。
「ちょっとね」
 スツルム殿は首を傾げたが、予定通り待ち合わせの店に戻る。
「スツルムの注文は?」
「肉」
 店主に相変わらずのオーダーをして、向かいに座った。僕はすっかり冷めた昼食を再び突く。
「お前、いつもあの路地を気にしていたが」
「あれ、バレてた?」
「まあな。何かあるのか?」
 笑って誤魔化すと、眉間に皴が寄る。
「また隠し事か」
「お待ちどーさん」
「ありがとう」
 スツルム殿は一旦、焼かれた肉を頬張る為に会話を中断する。三切れほど食べてから、再開した。
「一生言わない気なのか?」
「……ううん」
 そうだよねえ。なんだか、あれからなかなか言う気になれなかったけど、いつか言うならもう言ってしまえば良いか。無事、過去の自分も助けられたと思うし。
「またアウギュステに行ってくれたら、言うよ」
「アウギュステか……」
 スツルム殿にとっては、僕が原因不明の病に倒れたトラウマのある土地だ。あれから何度誘っても、首を縦には振ってくれない。
「あの時僕が何をして倒れたのかも、ちゃんと話すから。ね?」
「……全部お前の奢りなら行く」
「もっちろん」
 昼食を食べ終えて、僕達は宿を確保しに行く。あの旅行以来、同室でも拒否されなくなったのはありがたい。僕の方もスツルム殿を独りにさせない覚悟が出来たし、そう考えると魔法を使ったのも悪くなかったのかもね。なんて、心配事が減った今だから言える結果論だけど。
「ねぇスツルム殿」
「何だ?」
「スツルム殿はさ。十年前、今頃どんな暮らしをしてると思ってた?」
 結局、今もあの頃と大差無い。ギルド経由での仕事は減ったし、一生懸命営業しなくても仕事は勝手に舞い込むようになったが、傭兵としてやる事は同じだ。隣に居るのは今も変わらずスツルム殿で、あの後何度も体を重ねた。当時の不安は杞憂だった事を思い知らされる。
「……あまり考えたくなかったな」
「へ?」
「その日その時を生きるので精一杯だった。父は、今のドランクくらいの歳で死んだんだ。それを考えると刻一刻と死に近づいているみたいで、先の事は意識しないようにしていた」
「そっか……」
「父も母も、十年後に死に別れる事を知っていたら、他の仕事を探しただろうし、あたしに剣を教えなかったんじゃないかと思う。でも、人は未来を知れない。今この瞬間を繋いで生きるしかないし、だからこそ傭兵なんていう危険な仕事も熟せる」
「……仰る通りで……」
 今思えば、そちらの面でも危険な橋だったな。十年後の自分がこの世に居ない事を知る羽目にならずに済んで、今更ながらほっとする。
「う、う~~~ん」
「どうした」
 まずいぞ、これは。未来を見ようとした、なんて言ったらドン引きされない? 大丈夫?
「いや、何でもない。ちゃんとアウギュステに行くまでには覚悟決めるので」
「? そうか」
 今度こそ。今度こそ。また未来を確認したい衝動に駆られつつも、僕は粛々とスケジュール調整を進めるのであった。

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