宇宙混沌
Eyecatch

トリップ


「やー、海楽しかったねぇ」
「ああ」
「この後晩御飯までどうする?」
「休む」
「疲れちゃった?」
「はしゃぎすぎた」
 スツルム殿は扉を開けた僕の腕の下を通り抜けて、宿の部屋に入ると伸びをする。
「シャワー先浴びなよ」
「ああ」
 普段なら同室なんて拒否される。いや、今回も嫌な顔をされた。ただ、アウギュステまでの旅費も宿代も食事も全部僕の奢りだ、と言ったら、流石に断られはしなかった。一応、寝室は別だし。
「……良い眺めだ」
 僕は窓の前に立つ。部屋から見える眺望にはこだわって手配してもらった。なんてったって、この後大事な予定があるからね。
 此処から見える海の上に上がる花火を見ながら、スツルム殿にプロポーズをする、という。
「お先」
「早かったね」
「塩や砂を流しただけだからな。お前も入れよ」
「わかってるよ」
 入れ替わりでシャワールームへ。シャンプーを泡立てながら、もう飽きるほどしたシミュレーションを、また繰り返す。
 コンビを組むようになって約一年半。プライベートでも頻繁に会うようになって一年ちょい。触れても怒られなくなって八ヶ月。初めて口付けをしてから半年と少し。やむを得ず同室になった時にそういう雰囲気になって、体を重ねてから三ヶ月くらい。
 体を許してくれた、という事は、少なくとも僕の事が嫌いな訳ではないだろう。こうして一緒に旅行もしてくれるんだし。
 でも、寝たのはそれきりなんだよねぇ。普段は別室だから機会が無いというのもあるけど、スツルム殿が無頓着なだけで、僕や僕との将来に無関心だという可能性もある。
 不安だ。断られたら、以後何も無かった顔で一緒に仕事が出来る自信が無い。
 僕はタオルで髪の毛をわしゃわしゃしながら自分の部屋に戻る。うーんうーんと唸りながら雫を拭き取り、決意した。
 プロポーズする前に、魔法で未来を確認しておこう。

 時を越える魔法には、最近出会ったばかりだった。でも、僕の能力的には十分使いこなせる様に思えた。使ってみたい、という好奇心もある事は認める。
 向かう先は、適当に十年後としておいた。場所は……最近はガロンゾを拠点にしているし、馴染みの店もある。人の行き交いが激しい場所だ。未来の自分に会えるかもしれないし、そうでなくても、よろず屋などの情報筋に尋ねれば様子は把握できるだろう。その時までこの名で傭兵をやっていれば、の話だが。
 軽い気持ちだった。何も情報を得られなくても良いというか、ダメ元だ。はっきりと悪い結果が見えたらプロポーズしない。そうじゃなければする。そういう覚悟を得られれば良い。
「……此処は……」
 ガロンゾだ。港が、自分が知っている姿よりも少し大きくなっている。魔法は成功したらしい。
 さて、自分の情報を探すか。僕は傭兵ギルド経由の仕事の他には、よろず屋経由や、自分が営業したり広告を打ったりして得た仕事をしている。路地に手作りのビラを貼るのもしょっちゅうだ。だからまずはそこを探した。
「待ってたよ」
 壁に貼られた指名手配犯の顔を横目に路地の奥へと進んでいると、背後から声がかかる。振り向けば、黒いマントの、青い髪のエルーン。
 思ったより老けてないな、なんてどうでも良い事を考えていたら、未来の僕は路地の奥を見ながら宝珠を掲げる。
「詳しく説明している暇は無いんだ。君には死んでもらう」
「え?」
 問い返そうとした時には、全身が炎で包まれていた。不思議と熱さは感じない。けれど、目の前に居た未来の自分の姿は霞み、見えなくなっていく。
 どういう事? 死んでもらう? 過去の自分を殺したら、あんたも死ぬでしょうが!
「ドランク!」
 次に視界が戻ってきた時には、スツルム殿の顔がそれを覆い尽くしていた。ぽたり、と頬に熱い雫が降ってくる。
「……なんで泣いてるの?」
「お前が息をしてなかったからだ!」
 スツルム殿はそのまま号泣して、床の上に仰向けになっているらしい僕の胸に縋りつく。状況が飲み込めない。
「息してなかった?」
「突然部屋から大きな音がして……駆け付けたらお前がひっくり返ってて……」
 魔法を使った直後に気を失ったという事だろうか。呼吸が止まっていた割には意識が鮮明なので、ものの数十秒の事だと思うけど……。
『詳しく説明している暇は無いんだ』
 未来の自分は、多分答えを知っていたな。これから調べろという事か。
「大丈夫なのか? 何か病気だったりとか?」
「あーうん、全然大丈夫だよ」
「息が止まってたのにそんな事あるか!」
 本当に大丈夫なんだけど、何をしていたか洗いざらい喋る訳にもいかないなぁ。とりあえず背中をさすって宥めながら、身を起こす。
「お前まで死んだら、あたし……」
 スツルム殿はその先を言わなかった。
「……うん。ごめんね」
 僕って本当に馬鹿だなあ。
「でも本当に大丈夫だから」
 結局旅行中はスツルム殿に余計な心配をかけさせるばかりで、とてもプロポーズできる雰囲気にはなってくれなかった。
 一先ず泣き止んだスツルム殿と共に、部屋の窓から花火を見る。思わず溜息が出る程美しいそれが、今は憎らしくて仕方が無かった。

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