宇宙混沌
Eyecatch

コンビをやめる日 [6/6]

相談内容

 あたしはいつになく緊張してドナの部屋に居た。
「どうしたのスツルム? なんか改まって」
「ちょ、ちょっと相談が……」
 ドナは相談役として適任ではない。だがドナ以外の相手が思い浮かばない。いきなり妹に言えば変な期待をさせそうだし。
「私は席を外しますか?」
 ヴォルケが気を利かせる。少し迷ったが、居てもらうことにした。どうせこいつには後でドナが全部喋る。だったらここに居て、ドナのストッパーをさせた方が良い。
「で、相談って?」
「その……ドランクと、するようになったんだが」
 何を、とは訊かれなかった。代わりにバキン、と音を立てて、ドナが握っていたペンが折れる。
「あーインクが……」
 ヴォルケが雑巾を出している間に、ドナは話を続ける。
「へえ~それは良かったねえ~~。お前ずうっと片想いだったもんねえ」
 片想い、か。自分はそうは思っていないが。
「ああ」
「相談じゃなくて惚気なら帰りなさい」
「相談はある」
「単刀直入にお願いね」
「子供が出来たらどうしよう」
「えっ、意外! そっちなの!?」
 ヴォルケに手を拭いてもらい、ドナは椅子に座り直す。
「てっきり『子供が出来にくいからどうしよう』かと思ってたよ。お前は子供好きじゃないか」
「あたしはな。ドランクは違う」
「まあ、流石のドランクもそこまで無責任じゃないでしょ。皮算用の前に、干涸らびるまでしないといけないかもね」
「茶化すな。ドランクは、知らないだろ、ほら、家族愛みたいなの」
 あいつは家族の話を一切しない。付き纏われ始めた頃、流石に素性が知れないのが怖くなって、ヴォルケに身元調査を頼んだ。結果はどこかの国のお金持ち。なのに若い時分に突如家出してそれっきり。近隣住民への聞き込みによれば、家族仲が相当悪くて、ドランクは時折顔に痣を作っていたと。
「自分の子には芽生えるかもよ?」
「ドランクは実の親に殴られてたんだぞ」
「だからってお前は、ドランクも殴るって決めつけるの?」
「……違う」
 そうだな。ドランク、他人には怖い顔をする事もあるが、あたしにはしないじゃないか。子供にも、そうさせないように努力すれば良い。
「あと、子供が出来たら、仕事……」
 子供の心配もさることながら、何より、疾風怒濤で居られなくなる事が怖かった。ドランクだけ仕事を続けて、何処かに行ってしまうんじゃないかって。
「ま、お腹に居る間は傭兵は諦めなさい」
 当然だ。でも、それであたしが世界から、ドランクからも忘れられてしまいそうな気がして。
「そんなに思い詰めなくても。まだ実際に妊娠したわけじゃないんだから。妊婦でも出来る仕事は沢山あるし」
「ギルド長とその補佐なんか、[まさ]しくそうですね」
 ヴォルケが言った冗談なのか本気なのかよくわからない言葉を、ドナは気に入ったらしく大きな声で笑う。
「ま、食いっぱぐれることは心配しなくて良いよ。ドランクも甲斐性あるし、いざって時は私達も助けるし」
「ああ、そうだな。ありがとう」
 お金の心配をしている訳ではないが、こればかりは仕方無い。一人当たり一年程の辛抱だ。
「それよりドランクをどう口説き落としたのか気になります。男の私が聞いて良いのかわかりませんが……」
「ドランクはそんなに難攻不落な男じゃないと思うが……」
「いや、ドランクがって言うより、口下手なお前がどう口説いたのかって話でしょ?」
 ドナの補足に、ヴォルケは頷く。
「口説いてない」
「は? え、まさかドランクが口説いたの?」
 何故ドナは、ドランクがあたしの事を口説く筈がないと思っているのか。実際、コンビを組む話以外は口説かれていないが。
「ドランクの布団に潜ったら、された。……そこまでするつもりじゃなかったんだが」
「……それはお前が悪いね」
「ああ。あの時は不安でどうかしてたんだ」
「ドランクの方も、そうだったのかもしれませんね」
 ヴォルケの言葉に、そうかも、と小さく呟く。その、どうかしてた時にした事を、正気に戻った後も続けて良かったんだろうか。
「……それしかわからなかったんだ」
「何が?」
「あいつは、あたしが口で好きだなんて言っても、本気にしない。言わされてるんだって考える」
「……ま、お前らしいし、ドランクらしいね」
 その後少し世間話をして、本部を出る。青い髪のエルーンが、手に小袋を抱えて立っていた。
「スツルム殿~」
「待ってたのか? 今日は寒いのに」
「図書館の後、商店街に行ってたんだ。ほらこれ、スツルム殿好きでしょ?」
 封を開けると、それは甘い焼き菓子。温かいのを食べるのが美味い。
「はい、あーん」
 一つ摘んで口の前に持ってくる。一瞬そのまま食いつこうとして、ギルドの前を通りかかった傭兵の視線を感じてやめた。奪い取って自分で食べる。
「おい、スツルムさんだ」
「本当だ。最近は空域越えてたって話、本当かな?」
「マジ? てかそれより、隣に居る奴、見慣れないけど……」
「阿呆、あれがドランクさんだよ」
「へえ! もっとおっかない見た目の人かと思ってた」
「スツルム殿は有名人だね」
 ドランクは周囲から聞こえる噂話には何食わぬ顔で、菓子を頬張っている。
「お前もな」
 宿に向かって歩き出す。ドランクもあたしに並んだ。
「僕はスツルム殿あってのドランクだし?」
「何言ってる」
 通りかかった公園では、子供達がはしゃいでいる。ふと、昔、奥に植わっている木の下で、よくドランクの読み物につき合っていたのを思い出した。
 何回目かの時だ。本を読んでいる間は五月蝿くないから、隣に居る男の存在そのものに目を向けられた。それで、それが嫌じゃないと気付いたのは。
「子供は風の子ってねー」
 転んで親にかまってもらっている子供の一人を見ながら、ドランクは興味薄そうに呟く。
「……早く戻ろう。寒い」
「はいは~い」
 子供が出来ても、出来なくても、きっと多かれ少なかれ苦しむ。でもその苦しみまで愛さなければ、あたしは多分、この親切な男に報いることなんて出来ないのだろう。

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