宇宙混沌
Eyecatch

コンビをやめる日 [5/6]

「『暫く』ってどのくらい?」
 宿に戻って来て問えば、誤魔化された。
 ドナさんはわざわざ酒を奢って教えてくれたけど、一足遅かったみたいだなあ。スツルム殿の心は、とうとう僕に愛想を尽かしちゃったみたい。
 ま、元から覚悟してた事じゃない。十年ちょっとかあ。我ながらよく長続きしたと思うね。スツルム殿の歳を考えても、潮時だ。
 何をどう思っても、連泊予約している部屋のベッドは一つだ。最後にその熱を憶えたくて、いつもの様に服の下を弄ると、こちらも拒まれた。
「駄目だ」
「……そう」
 嫌がるスツルム殿に無理矢理するつもりはない。これまでもこれからも変わらず、尊敬する人には変わりないのだし。
 表情を見られたくなくて、広いベッドの端に寄って背を向ける。スツルム殿は暫く真ん中でじっとしていたが、やがて口を開く。
「何から話せば良いかわからなくて」
「何も言わなくて良いよ」
 新しい恋人だか相棒だか知らないけど、そんな話は耳に入れる前に立ち去ってしまいたい。
「僕には関係ない話でしょ?」
「ある!!」
 大声を出されてベッドから落ちそうになった。恐る恐る振り向くと、スツルム殿が僕にしがみつく。
「……やっぱりなんか熱くない?」
 その体温が心配になる。僕の方が後でシャワー浴びたのに。
「ああ。ヴォルケに言ったら、病院に行った方が良いと言われて、それで」
 スツルム殿はテーブルの上の袋を指差す。
「異種族だと流産の確率も高いから、本とか、つわりの薬とか、色々くれた」
 息を呑む。まさかそっちだとは思わなかった。ああでも、全部辻褄が合う。仕事も飲酒もバカンスもセックスも「駄目だ」。
「……お前が要らないって言っても、あたしは産むからな!」
「そんな事言ってないよ!」
「欲しいとも言ってない」
「う……」
 人間、価値観の根幹に触れざるを得ない場面では、咄嗟に相手を喜ばせる言葉なんて出てこないものだ。
「お前は少なくとも、子供よりは仕事の方が好きだ」
「否定はできないね……」
 うーん、でも話が変わってきちゃうなあ。流石に僕も、自分の作った子供を捨てるほど無責任じゃない。
 ま、良いか。ドナさんの話も、昔の決意も忘れて良い口実が出来たんだから。
「三人産むなら、あと何回えっちしないといけないのかなあ」
「まだ作るつもりなのか」
「産むなら三人欲しいって言ったのスツルム殿でしょ」
「いつそんな話した?」
「あれ、夢と現実がごっちゃになってるかな?」
 余計な事を口走ったかと思って顔が引き攣ったが、スツルム殿は僕の腰に腕を回して語る。
「子供は授かりものだ。何人でも嬉しいし、たとえ授からなくても、お前が傍に居てくれたらそれで良い」
 傍に居てくれたらそれで良い。なんだ、君もそう思っていたのか。
 例えようのない幸福感に酔っていたが、ふと、矛盾に気がつく。ドナさんは、スツルム殿は「欲しい形の愛が得られないなら僕なんか要らない」って。
「スツルム殿さ、ドナさんに何を相談したの?」
「いきなり何だ?」
「いや、今日ドナさんから『スツルム殿に相談された』って聴いた話があるんだけど」
「やっぱりナル・グランデの話は嘘だったか」
「ごめんって。僕さあ、スツルム殿は、僕から愛情を感じられないから、一緒に寝てるの後悔してるって聞いたんだけど」
「……そんな事は一言も言ってない」
「やっぱり」
 騙されないようにしてたけど、トーク力は相手が一枚上手だなあ。
「お前に愛情が無いわけ無いだろ。どんな形であれ」
「……僕、君の事はそういう目で見ないようにしてたんだけど、それは知ってた?」
「なんとなく」
「それでも僕が良かった?」
「それだけ大事にしてくれてるってことだろ」
 敵わないなあ。僕はスツルム殿の顔を上げさせると、その小さな唇を塞いだ。

闇背負ってるイケメンに目が無い。