宇宙混沌
Eyecatch

コンビをやめる日 [3/6]

 そのまま酒場で昼食を摂ってから宿に戻る。酔いの回った体はベッドに吸い込まれて、そのまま夢の世界へ。
 今度の夢は酷かった気がする。仕事中にスツルム殿が怪我をしたり死んだりするような。しかしそれも、ベッドが軋んだ音に途切れた。
「おかえり。早かったね」
 夕方まで帰ってこないかと思っていた。まだ陽は高い。
「ただいま。具合悪いのか?」
「飲んでただけ」
「昼間っから?」
 笑って誤魔化す。僕が苦手と公言するドナさんと二人で飲んでたなんて言えば、何の話をしたのかと追及は避けられない。
「良い匂いがする」
 それはスツルム殿が抱えていた小袋から漂っていた。僕は起き上がって、スツルム殿の隣に座る。
「そのお菓子好きだね」
「ああ」
「……一つちょうだい?」
 スツルム殿は封を開けると、黙って最初の一つを取り、僕の唇に当てた。
 僕はそれを飲み込んで、スツルム殿の指に残った砂糖混じりの油まで舐め取る。
「ひゃっ。お、おい……」
 驚いた声を出したが、スツルム殿は僕の手を払い除けることもなく、大人しく舐められている。味がしなくなったところで、改めてスツルム殿を見ると、小包はもう一つあった。産婦人科の名前が入った袋。
「……お金払うよ」
 それを指差して言うと、見つかったのが恥ずかしかったのか、スツルム殿は包みを隠してブンブンと首を振る。
「これは……!」
「気が回らなくてごめんね」
 異種族だといっても、妊娠の可能性はゼロではなく、避妊はしておくに越したことはない。同種族同士と比べると、確率は何桁も小さいが。僕だってスツルム殿と同種族だったら――
 その続きは無理に考えないようにした。スツルム殿は荷物を置き、汚れていない方の手で僕の胸を押す。
「後で良い。酔いの方は大分回ってるな。もう少し寝てろ」
「そうする」
 もやもやするのは酒の所為だろうか。やっぱりドナさんに捕まるとろくな事がない。
 スツルム殿が布団をかけてくれる。間もなく僕は再び思考を手放した。

 陽の光に透けてオレンジ色に見える髪も、少しの良い事で上機嫌になった頬の赤みも、視界の隅に映っているだけで僕を穏やかな気持ちにさせた。
『一つちょうだい』
 スツルム殿は少し怒ったような、困ったような顔で僕を見上げた。
『欲しかったなら自分で買えば良かっただろ』
『嫌なら良いよ』
 そう言って本に視線を戻した。その視界に、小さな手が映り込む。唇に何かが当たった。
『もう冷めてるぞ』
 押し付けられたそれを飲み込んで、礼を言う。スツルム殿は紙袋を畳んだ。最後の一つを譲ってくれたのだとそれで気付いた。
 目の前を通りかかった近所の子供達が、ヒューヒューと僕達を囃し立てた。無暗に人を誂うなと咎めようとした僕を、スツルム殿が制止する。
『子供の言うことだ。放っておけ』
『スツルム殿は、小さい子に優しいね』
『当然』
 その当たり前の慈愛を受けられなかった僕には、彼女の言葉は毒の様だ。プライベートに突っ込むのは良くない事だと知りつつ、つい意地悪をしてしまう。
『いつか子供欲しいって思ってるの?』
『そうだな。産むなら三人は欲しいな』
『へぇ』
 その後どんな会話をしたのか覚えていない。ただあっさりと答えられたその言葉が、僕の中で反響していた。
 三人かぁ、異種族だから流石に無理だなあ。なんて考えている事に気付いて、僕はこの思い出ごと自分の気持ちを忘れることにした。
 いつか君が大人になって、同じ種族の良い人を見つけたら、仕事の相棒とはさよならだね。

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