宇宙混沌
Eyecatch

コンビをやめる日 [2/6]

「なーにしてんの?」
 心臓が嫌な音を立てた。ギルド本部の中をこっそり覗っていると、よりにもよって一番会いたくない人物に見つかる。
「ど、どうも~」
 振り返れば、金の巻毛を伸ばしたドラフ女が立っている。肩には伝書鳩。
「久し振り。スツルムの付き添い? 中入れば?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「へえ? 私はヴォルケから、スツルムが来たって連絡があったから、休みだったんだけど出て来たところ」
 スツルムってば、あの件以来また私を避けてるからさあ~、とドナさんは笑う。
「静かにしてくれません? 見つかっちゃう」
「はは~ん? さてはストーキング?」
「言い方ムカつきますけどそうです」
「なんでまた」
「なんででしょうね」
 ドナさんは溜息を吐いた。
「実はギルド長の話の前に、スツルムから相談を受けてたことがあるんだよ。それもあって推薦しようとしたんだけどさ」
「相談?」
「お前のことだよ。心当たりあるだろ?」
 黙っていると、ドナさんはポケットから出した紙に何かを書き、伝書鳩に持たせた。鳩はギルドの建物へと飛び立つ。
「気が変わった。これから一杯どう?」
「朝っぱらから?」
「お前は弱いんだっけ? まあ飲まなくても良いよ。スツルムが居ない所で、したい話があるからさ」
「手待ちが少ないんで、奢りなら考えます」
「珍しいね。仕事無いなら紹介するけど?」
「散財させられたんですよ、スツルム殿に」
 口を尖らせながらも、スツルム殿が何を相談したのかは気になる。僕は窓の向こうでヴォルケと話しているスツルム殿を一瞥すると、ドナさんの背を追って踵を返した。

「端的に言うと、お前と寝たこと後悔してるんだよ」
「わからなくもないですけど、ドナさんの言葉だけじゃなあ~」
 地下にある酒場で乾杯する。僕はドナさんの思惑を警戒しながら、話を聴いた。
「夜這いしてきたのはスツルム殿ですよ?」
「みたいだね。けど、そんなつもりじゃなかったらしいんだ」
「男の布団に自分から潜り込んだら、抱かれても仕方ないでしょ。スツルム殿も嫌がらなかったし」
 まあ、その代わり肯定的な言葉も無かったんだけど。
「それは流石にスツルムが悪いとは言ったよ」
 何だか腑に落ちない。眉間に皺を寄せて酒を含むと、ドナさんが続ける。
「ただその時は、そうするしか方法が分からなかったんだってさ」
「何の?」
「お前に愛を伝えることだよ」
 もう一口飲もうとしていた僕は噎せた。
「……ええ!?」
「ほら、やっぱり伝わってなかった」
 ドナさんは額に手を当てて、また溜息を吐く。
「スツルムは相変わらず不器用なんだよねえ。で、お前はスツルムが欲の為にやってると思ってたと」
「欲っていうか、寂しさを紛らわす、的な……?」
「お前じゃあるまいし」
「第一、スツルム殿が僕の事好きなわけないでしょ」
 毎日のように刺されるし。話しかければウザがられる事の方が多いし。
「お前まだそんな寝言言ってるの」
「寝言じゃないよ。そりゃあ、仕事の相棒として心配してもらったりはするよ? でも愛情とは違うでしょ。しかも今更」
「時間は関係ないと思うけどね。スツルムが素直になるまでに、これだけかかっただけなんだから」
 傍から見れば明らかだったし、とドナさんはグラスを空け、おかわりを頼む。
「……で、相談ってのは、僕の方はスツルム殿を愛してないように思える、ってとこかな?」
「話が早いのは嫌いじゃないよ」
 僕もグラスに口をつける。ドナさんは続けた。
「お前はいつ素直になるの?」
「……スツルム殿のことは人として信頼してるし、尊敬してますよ。その気が無いのに寝たのは、ちょっと軽率だったかなと思いますけど」
 顔が熱い。やっぱり昼間から酒なんか入れるべきじゃないな。
「それはスツルムが欲しがってる愛の形じゃないんじゃない?」
「欲しい形じゃなければ、要らないってスツルム殿は言ってるんですね?」
「まとめるとそうだね」
 僕はグラスを握ったまま唸る。
「じゃあどうすれば満足なのか聞いてませんか?」
 嫌だったらやめれば良いじゃない。僕の誘いを断れないスツルム殿ではないだろう。
「スツルムがそれを言葉にできるほど器用じゃないって知ってるだろ? それに、答えを知って演技をするだけじゃあ、すぐに見抜かれるよ」
 ドナさんは言った後、心底面白そうに笑う。その甲高い声、耳にダイレクトに刺さるんだよなあ。
「うるさいなあ」
「お前に言われたくないね。ま、『要らない』って言われて『そうですか』って切り捨てないってことは、お前も気持ちだけは十分あるみたいじゃん」
「当たり前でしょ。何年コンビ組んでると思ってるの」
 嫌ならやめれば良い。でも、そうされてまた以前の関係に戻れるほど、僕は心が強くない。ドナさんの話を聴いた今は、スツルム殿よりも僕の方が、寝たことを後悔している自信がある。
「そのコンビの枠をはみ出す時が来たんだよ。いや、もうはみ出してるか」
 ドナさんは話は終わった、とお金を置いて立ち上がる。
「新しく居心地の良い形を探しな」

闇背負ってるイケメンに目が無い。