コンビをやめる日 [1/6]
バルツの宿はベッドが大きくて良い。まあ、身を寄せ合って寝る分には、ほとんど余っているんだけど。
腕の中から温もりが逃げた。さっきまで見ていた夢の内容を忘れてしまう。目を閉じたまま耳を起こすと、パタパタとスリッパの音がして、それからシャワー室の水の音。
僕は再び夢に戻る。木陰で本を読む僕の隣で、スツルム殿が美味しそうに菓子を摘んでいた。まだ目にかかる長さの前髪が風に靡く。また随分と昔の思い出だ。
『一つちょうだい』
夢の中のスツルム殿は少し微笑んで、僕の望み通り焼き菓子を一つ、僕の唇に触れさせた。
飲み込もうとして、違う、と気付く。確かあの時は、自分で買えとかなんとか言われた気がする。いや、夢なんだから現実と違って良いのだけど、こういうのって逆夢になるんじゃなかったっけ?
「スツルム殿!」
飛び起きると、スツルム殿は身支度を済ませてテーブルを整えていた。
「起きたか」
「うん。おはよう」
「おはよう。悪い夢でも見たのか?」
「ううん」
その逆だ。スツルム殿は首を傾げつつ、テーブルの上のサンドイッチを指差した。
「朝御飯、お前の分も買ったから。あたしはもう出る」
「行ってらっしゃい。ギルドに行くんだよね?」
「ああ。夕飯は、お前と食べる」
笑顔で手を振り、その背を見送る。一旦ドアは閉まったが、またすぐに開いて半分顔を覗かせた。
「ついてくるなよ」
「この格好じゃ無理だよ」
裸の胸を示せば、スツルム殿は今度こそ出発する。僕もシャワーを浴びると、肉と野菜がたっぷり挟まったサンドイッチを手に取った。
僕達は長らく仕事の相棒で、それ以上でもそれ以下でも無かった。その関係が壊れたのは、僕がイスタバイオン軍に捕まり、その後ナル・グランデに飛ばされた時の事。
『ドランク!!』
幸い僕達は殆ど同じ位置に落ちた。今度は逸れまいと、スツルム殿が僕のマントやベルトに必死でしがみついたからだ。お陰で服は酷いことになった。
『スツルム殿。無事で良かった』
僕の方は頼まれていた事もあるし、スツルム殿の事は後で黄金の騎士様にでも保護を頼む予定だったのだけど、こうなったらこっちでも一緒に仕事をするしかない。
『また面倒事に首を突っ込んで』
『まあまあ。お陰で首が飛ばずに済んだのもあるし。ね?』
服を新調して、騎士様の為に動き始める。情報収集は一人で行う方が身軽だ。スツルム殿に待機か他の事をしててくれと頼めば、拒絶があった。
『い、嫌だ……』
『どしたの?』
僕の服の袖を握って、俯いた彼女の頭を撫でる。いつもなら単独行動は歓迎といった風なのに。
『またお前が居なくなったら、あたし……』
……まあ、見知らぬ空域に一人置き去りにされるのは心細いか。そう納得して連れ回す事にしたが、宿の部屋まで一緒が良いと言われたのには面食らった。
『いや~流石に節度は守らない? 僕だって夜のうちに急に居なくなったりしないよ』
多分、と心の中で付け加える。何かあれば単独行動に切り替えて、スツルム殿を危険から遠ざける心積もりはある。
『……あたしは……』
また俯く。僕はその頭を撫でる。いつもスキンシップは全般嫌がるのに、このパターンだけは文句言われないんだよね。
『解ったよ。ツインの部屋にするね』
そしたら夜這いされたのには驚いた。まさかここまで肉食系だったとは。
僕だって据え膳されて食わない訳はない。一度重ねた肌を二度三度と繰り返すのは容易くて、今では日常になっている。
朝食を食べ終えると、僕は目立たない服を着て、髪を結った。
初めは一瞬たりとも僕の居場所を見失いたくないと思っていたらしいスツルム殿も、ファータ・グランデに戻って来たら落ち着いたのか、最近はこうやって一人で出掛ける事もある。
そうすると今度は僕の方が落ち着かなくなった。スツルム殿は今何処に居るんだろう、誰と会ってるんだろう、いつ戻ってくるんだろうって。彼女が訪ねる相手なんてドナさんか団長さんか弟さん達のどれかだって判ってるのに、つい、跡をつけてしまう。
この前なんかフィーナの企みに乗っかったらバレちゃったし。それで釘を差されたが、従う僕ではない。
何も今までと変わらない筈なのに。自分でもそう思いながらも、他に優先してやりたい事も特に無い。僕はポーチに宝珠を入れると、それだけ持って戸を潜った。
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