宇宙混沌
Eyecatch

ギブアンドギブ


「それ以上は許さないからな」
 間に合った。ドランクの腕を締め上げる。痛た、とドランクは顔を顰めた。
「さっさと国外に逃げるぞ」
「任務不履行つまりトンズラって事?」
「そうだ」
「僕の仕事なんだけど」
 あたしは腕を握ったまま前に回る。金の瞳を睨んだ。
「お前が気持ち良くなる為に殺される人間の気持ちを考えろ」
「相手の気持ちなんて考えてたら戦争なんてできないでしょ。それに僕が快楽殺人鬼みたいな言い方はやめてよ」
「大差無いだろ」
 暫く揉み合っていたが、握力はあたしの方が強い。ドランクは観念して手を下ろす。
「……依頼主にどう説明すれば」
「だからトンズラだって」
「この街の人達は多くが重税に苦しんでて……!」
「税が軽くなればお前は満足なのか? どうせ貴族側に『やかましい貧民を黙らせろ』って後で雇われたら請けるんだろ?」
「うぐ」
「傭兵の姿勢としては悪くないがな。そういうのはどっちからも恨まれるから、心にも無い大義名分への共感姿勢は見せない方が良い」
「でも……」
 諦めが悪いな。あたしは一つ息を吸って、吐く。
「お前は、他人の為に働くくせに、あたしの願いは聞いてくれないんだな」
「願い?」
「目的と手段を履き違えるな」
 傭兵業なんて、ただの手段だ。ただあたしに向いているからやっているだけ。家族を養う為なら何だってする、とは言わないが、別に掃除婦でも仕立て屋でも、まっとうな仕事なら構わない。
「お前は『傭兵』である事を目的にしてるから窮屈なんだろ」
「……スツルム殿」
「なんだ」
「伏せて」
 言われる直前に気付いて、返答と同時に地面に転がる。依頼人の一味が追い付いて、発砲してきた。
「なんだなんだ? タダで泊まって飯食って前金持ち逃げか?」
「うーん、そうなっちゃうねえ申し訳ないけど」
 言いながらドランクは水の壁を生成する。続いて火を熾して水蒸気を作り、目眩ましとした。
「下ろせ、自分で走れる」
「僕の方が脚速いからダーメ」
 ドランクは時折後方に向かって魔法を飛ばしながら、街を囲む城壁に向かってひた走る。門の手前であたしを下ろして、衛兵達を気絶させた。
「僕、数年前までは盗賊だったんだよ」
「道理で手癖が悪いと思った」
「でも盗賊より傭兵の方がありがたがられるじゃない?」
「それはそうだろ」
 国の外の森の中へ逃げ込めば、もう追手は来ない。高い城壁に守られて育った所為で、魔物が怖いんだろう。間もなくして、城門が閉ざされる。
「だから傭兵でいたかったのか?」
「それもあるけど、今は」
 その時の表情は、今までに見た事がないものだった。
「スツルム殿の傍に居たいからだよ」
 やっと。もうこれで不安に身を焦がす事も無い。

 自分で自分の首を絞めていたんだ。そう気付かせてくれたのもまた、スツルム殿だった。
 本当は、したくない事だって沢山あったのに。自分の気持ちに嘘をついて、誤魔化して。
 それでやっと手に入れた「ありがとう」を絶やさぬ為にまた仕事をして。
 別に仕事しなくったって良いって、スツルム殿は言っていたのに。仕事を熟せない傭兵に傭兵としての価値は無いけど、人間としての価値が無い訳じゃないって。逆に言えば、傭兵としての価値を上げたって、それ以外に必要とされる要素が増える訳じゃない。
 僕、スツルム殿に好かれる人間になりたいよ。もっと、ちゃんと。
「はっ!? そんなこっ恥ずかしいこと面と向かって……」
「照れてる~可愛い」
「照れてない!」
 じゃれていたら魔物と鉢合わせした。とりあえずやっつけて、背後の城壁を見遣る。
「めちゃめちゃにする役が居なくなっちゃった訳だけど、革命成功するかなあ」
「万が一成功しても、今よりまともな政権にはならないだろ。この国は重税だが高福祉国家じゃないか」
「ま、『貧民』って自称してる人がタダで用意してくれた宿に、清潔なベッドとシャワーが付いてるなんてねえ」
「他の国の一般市民より良い生活してる。隣の芝生は青いだけだ」
「そうねぇ……」
 かつて僕が貴族だった頃、家庭教師に時間を束縛されずに遊び回る庶民の子供達が羨ましかった。盗賊になってからは、ただ待っていれば料理も洗濯も使用人がやってくれる生活が恋しくて恋しくて。
 まあでも、今は此処にある芝生に、満足しているかな。
「何を笑っている。さっさと隣の街まで行かないと、魔物だらけの森で野宿だぞ」
「それはヤダ。じゃあ行きますかね」
 と、その前に。お礼とばかりに口付けようとしたら、危うくお腹に穴が開くところだった。

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