イマジナリーフレンド [3/5]
貴族の令嬢、ましてやベアトリクスの様な立場の者が、心に闇を住まわせる事になるのは無理もない話だ。それは、「組織」や「敵」とは関係無くとも。
貴族社会では、未だに家を継ぐのは長男という決まりが罷り通っている。次男以降の男は、適当に稼げる仕事を見つけて家を出ていかなければならない。女は総じて、政略結婚の道具だ。
仮に男女の生まれる比率が同じであれば、男と同様、女も貴族の家に残れる可能性は高くない。だが男と違って、女は努力次第で末子でも貴族の嫁になれる。そこに生まれるのは、熾烈な争いだ。
僕の結婚相手についても、僕が生まれた直後から多くの貴族達が我が娘を、と躍起になったらしい。最終的に第一候補の座を得たのは、意外にもヒューマンの娘――ベアトリクスの姉の、エリザベスだった。
決め手となった理由は聞いていないが、領地の近さや爵位、エルーンで歳の近い候補が居なかった事を考えると、無難なところではある。向こうは「組織」或いは「敵」とも繋がりがあったのだし、かなり野心的で積極的に人脈を広げる家だったのは間違いない。駄目元で名乗りを上げたら通ってしまった、というところだろう。
「私はエルーンなんかに嫁ぎません!」
相手の物心がついて漸く目通り叶ったが、会って早々にそんな事を言われた。帰って来て、話を聞いたお母様はカンカンだった。侯爵家が伯爵家から嫁に取ってやると言っているのにどうのこうの。どうせ異種族なら妾が必要になるだろうにどうのこうの。
「ぼくは気に入りました」
そう言ったら、口開けたまま固まっちゃって、少し面白かったな。
とにかく、僕のしつこさは三つ子の魂百までってやつなので、当時も屋敷に通い詰めて、なんとか婚約者になってもらった。今思えば、エリザベスは僕の何を気に入ってくれたのか、よく解らない。
話が変わったのは、エリザベスに末の妹が生まれた時だった。
「何という名前ですか?」
「ベアトリクスだ」
「ベアトリクス」
名前を呼んで揺り籠を覗き込めば、緑の瞳が見つめ返してくる。その側で、使用人がハラハラとした風に僕の一挙一動に目を配っていた。
「どうかしましたか?」
「ああ、いえ」
コホン、と将来の義父が咳払いをして、使用人の代わりに説明する。
「先日その子の許婚者が来てね。覗き込んだ時に悪戯をしようとしたから」
「へえ。その人はまだ子供?」
自分もまだ十歳になるかならないかという事を棚に上げて問う。
「ああ。だが、婚約が破談になってしまって……」
「そんな、少しいたずらしたくらいで」
生まれる前から決まっている婚約者、という事は、爵位が何であれ相手は貴族の跡継ぎか、或いは相当な豪商の息子のどちらかに違いない。娘の安定した将来を、たかが子供の粗相で切り捨てるなんて。
「いや、向こうからの申し出だったんだ。本人を連れて破談の理由を説明しに来た時にね」
「そうでしたか」
「それで、侯爵とも相談したんだが――」
それで僕は、無意味に選択肢が増えた事を知る。
ベアトリクスの縁談が白紙になったから、年頃になったらエリザベスと好きな方を選んでくれ。なんて、僕がエリザベスを選ばない訳、ないじゃない。
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