「なに?」
少女は目の前の光景が信じられずに呟いた。床に転がった両親は血を流してピクリともしない。姉も、兄達も、使用人も。
「だいじょうぶだよな? みんなねてるだけ。そうだろ?」
少女は友人に問いかける。彼女にしか見えない友人に。
彼女の肉親達を襲った男が、その様子を見て手を止めた。虚空と会話をする少女に近寄る。
「その思い込みの強さは、きっと我々の武器になる」
そう言って、彼はナイフの代わりに睡眠薬の塗られた針を、その白い首に突き刺した。
「しっかし今日は暑いよなー。エムブラスクも溶けそうって言ってるよ」
グランサイファーの食堂でベアトリクスがそう溢した。時を同じくして――というより、同じ仕事の助っ人として合流していた僕は、その様子に顔を強張らせる。
「エムブラスク……って、その剣だよね?」
「そうだぞ」
あっけらかんと答えられ、磨いていた宝珠に映る自分の顔が、更に引き攣る。
僕とベアトリクスは幼馴染だ。ベアトリクスには実兄も居たが、僕には特によく懐いていて、歳の離れた妹の様な存在だった。
そうしていられたのも、ベアトリクスの一家が皆殺しにされ、彼女が何者かに連れ去られるまでの短い間だったが。
「俺のギターも溶けそうだ」
既に椅子の上で限界まで溶けているアオイドスが、なけなしの気力で声を出す。
「アオイドスも楽器の言葉が解るのか!?」
「冗談だ」
彼の方は、実はベアトリクスの「元」婚約者だ。当人達は幼かったので、記憶に無いのかその話題に触れた事は無い。
しかし僕には、はっきりとした記憶がある。まだ片手で数えられる様な歳のベアトリクスに、イマジナリーフレンドが居た事を。
僕には、今はエムブラスクが彼の代わりを担っているだけのように思えた。明るく振る舞っているが、彼女もそれなりに闇を抱えて生きているのだろう。
「ベアちゃん、――はどうしたの?」
彼の名を出してみたが、ベアトリクスはきょとんと首を傾げただけだった。