宇宙混沌
Eyecatch

アポロ [8/8]

 誰もが自己という存在の境界を見誤っているのだ。
 誰しもが誰かを支配したいと思い、或いは理想を押し付け、それが叶えられないと駄々を捏ねて相手を傷付ける。「私はお前をこんなに愛しているのに」と。
 僕の両親も、ドナさんも、そして僕自身も。自分以外の他者に自分が得られぬものの幻を夢見る。
 海と空の境界ははっきりしていると信じる者が見ている世界こそ、その色は曖昧で、海の端から水は空の底へと流れ出している。
 漸く真理を掴んだ気がした。そして、僕が歩めなかった道を誰かに歩ませるなんて、馬鹿げた事を願った自分を酷く浅ましく感じた。
「とりあえず……きっともうあの人には、僕達は必要ないよね」
 寧ろ、必要としていたのは僕の方かもしれない。
「そう……だろうな」
 アポロが例の騎空団に敗れ、オルキスと呼ばれていた人形が真の人形に生まれ変わるのを見届けた。僕はその後もそれらしい理由を並べ立て、この仕事を降りようとスツルム殿を説得する。
「だからしばらくはお仕事もお休みしてさ、ゆーっくりのんびり過ごそうよ、ね?」
 空の平穏はあまり長く続かないであろうとは予測していたが、それでも数週間くらいは田舎を旅行したり出来るだろう。そもそも僕が首を突っ込まなければ良い話だ。
「ねぇねぇ、何処に行く? アウギュステとかどう?」
 騎空艇を置いている場所に向かいつつ、スツルム殿に尋ねる。
「……ザンクティンゼルはどうだ?」
「えっ?」
 あの何も無い田舎に?
「お前、ああいう場所に住みたいって言ってただろ。あたしもどうせ休むなら人の少ない所が良い」
「そっかそっかー。じゃあ決まりね!」
 そう言い終わった僕の耳に、砂を蹴る足音が余分に聞こえる。振り返ると、見慣れた鎧姿の美女と、まだ真新しい人形が立っていた。
「何処へ行く。まだ契約は終わっていないぞ」
「やあやあ雇い主様にオーキスちゃん。でも僕達、もうお役御免でしょ? 勿論、僕の貸金庫への入金は止めてもらって良いからね」
「……ありがとう」
 そう言ってアポロは手を差し出した。まずはスツルム殿の手を握り、続いて僕に手を差し出す。僕の汚れた手で彼女の手を握るのは、と一瞬思ったが、無垢な少女という幻影は捨て去るのだったと思い出した。
「お前達には本当に感謝している」
「私も」
 精巧に出来た人形は、人間のものと区別が付かない笑みを浮かべた。
「側近の契約はこれで終わりだ。これからは私も日陰者だからな」
「傭兵になるならギルドに紹介しますよ~スツルム殿が」
「おい」
「いや、一応黒騎士という立場がまだあるからな。今後はどうなるか分からないが」
 アポロは色素の濃い瞳で僕の目を見た。
「次に会う時は、友としてまた飲もう」
「二人とも、元気でね」
 そう言うと二人は王宮へと踵を返す。僕達も再度、騎空艇へと向かった。
「……今日はあたしが操舵するか?」
 滲んだ視界の中、半歩先を歩くスツルム殿が僕を振り返った。
「うん。よろしく」
 僕なんで泣いてるんだろう。良い歳してこういうのは、みっともないから嫌なんだけどな。
 騎空艇に着いて操舵室に乗り込む。スツルム殿は艇を動かす前に、座った僕の耳を撫でてくれた。
「あいつと飲んでたのか」
「うん、夜中にたまーにね」
「どんな話をしてたんだ?」
「お酒の飲み方とか、最近読んだ本……よくオーキスちゃんに家に入れてもらって、書斎の本を読ませてもらってた」
 騎空艇が浮かび上がった事を、窓の外の景色が動いて行く事で知る。スツルム殿は僕よりもずっと操舵が上手くて、酔いやすい僕でも彼女の操舵なら滅多に酔わなかった。
「そんなに喜ぶなんて、お前、本当に友達居なかったんだな」
 ああ、これ、嬉し泣きなのか。
「だって、あの、オルキス王女の為に生きてたようなアポロが、僕をそこに並べてくれたんだよ!? ていうか、そう言うスツルム殿はどうなの!?」
「あたしは地元の友達とも文通してるし、ヴォルケとかも友達だと思ってるが……」
「スツルム殿に張り合おうとした僕が馬鹿でしたぁ!!」
 でも、やっぱり少し寂しい気持ちもある。
「次に会う時か……」
 生きていればまた会える、なんて言葉がただの綺麗事だって、僕は嫌というほど知っている。それでも、生きていなければその可能性すら無くなるのも事実だった。
「ねぇスツルム殿」
「何だ?」
「……ううん、何でもない」
 僕はもう幾度と口に出そうとしては吐き出せなかった言葉を、また飲み込む。
 君の隣で生きている事が僕にとっての幸せだ。もう少しだけ、その幸福を味わっていたかった。

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