アポロ [5/8]
「やー、久し振りだったねえ、バルツ。スツルム殿はギルドに寄らなくて良かったの?」
「下手にうろついて、またあの騎空団の面子と鉢合わせしたら厄介だ……」
「それもそうか」
ザカ大公の件が一件落着し、アガスティアに戻る騎空艇の中。宛がわれた部屋で寛いでいた所に、ノックの音が響く。
「おや~? 雇い主様直々にお出ましなんて、重要な話? まったく、さっき仕事が終わったばっかりだってのに、人使いが荒いんだから~」
「暫く休め。用が出来たらまた連絡する」
「えっ」
意外な内容で驚いたが、彼女は大きな仕事の後はきちんと休みを取らせてくれるタイプの依頼主だ。別に不自然な事ではない。
「はいは~い。じゃあ僕達、宿の方に居ますから――」
「今回は一月以上空きそうだ。旅行するなり、他の仕事を熟すなり、羽を伸ばしておけ」
「……良いのか?」
聞き返したのはスツルム殿の方だった。
「ああ。他の事をしていても、呼び戻したら私の都合を優先してもらうがな」
「そうか」
「もし時間が余って仕方が無いなら、あの宰相の周囲でも、何か探ってこい。成果に応じた報酬を出そう」
アポロが出て行った後、僕は万歳をするように伸びをする。
「こんなに長く休みが取れるの、一年以上ぶりくらいかな。ねえスツルム殿、僕行きたい所があるんだけど――」
「ああ、行ってこい」
「じゃなくて! スツルム殿も一緒に来て!」
「……何処に?」
僕は正直、浮かれていた。この機を逃したら、また何年も――もしかすると一生、訪れる機会が得られないかもしれない。お婆ちゃんと約束した――そして約束を守れなかった――あの島へ。
でも、その為にはまず艇が必要だ。
「ガロンゾ!」
けど、僕はもっと彼女の言葉を深読みするべきだった。あのエルステの動乱の中で、何も無い筈が無かったのに。「この機を逃したら」という焦りと、やっとトラモントの地を踏めると思った喜びが、完全に僕の思考を鈍らせていた。
ガロンゾ、トラモントを回り、その後僕はお婆ちゃんのお墓参り、スツルム殿はギルド本部へ。スツルム殿が急ぎの仕事を請けて、僕を拾って片付けた後、アガスティアに戻る。一応、帰都した事は伝えておこうと、二人でアポロの家に向かった。
「……雇い主様?」
呼び鈴を鳴らしても返事が無いので、扉に手をかけてみると鍵が開いていた。例え近所の市場に昼食を買いに行く程度でも、彼女が家の扉を施錠せずに出掛けるなんてありえない。
スツルム殿と視線を交わし、壁に背を付けて慎重に家の中を探索する。荒らされてはいないようだが、オルキスの姿も見えなかった。
何があったと思う? 自問自答してみたが、多分あの宰相の仕業だろうな、という程度しか思い浮かばない。
「スツルム殿、街に出て情報収集しよう」
「ああ」
頼むから無事でいてほしい。雇い主だから大切にするのは当然だ。僕は自分にそう言い聞かせて、努めて冷静でいようとした。
「なんだか荷馬車が多いね」
「そうだな……」
「港からだ。何かを輸入してる……?」
「行き先は一ヶ所に見えるな」
「怪しいね。行こう」
頷いたスツルム殿と共に、帝都で起こっている変化を確かめに向かう。
アポロ、君は僕だ。僕はまた、僕を失う訳にはいかない。
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