宇宙混沌
Eyecatch

アポロ


 それからまた暫くして、夜もすっかり更けた頃。僕は一つのベッドに並んで眠る、スツルム殿とオルキスの寝顔を眺めていた。こうして同じ場所に居てくれる方が、警護しやすくて良い。
 家の扉が開く音がする。施錠音もしたし、足音からしてアポロだろう。やっと帰って来たか、と思って安心していると、部屋に現れたのは黒い甲冑に全身を包んだ騎士だった。見知らぬ姿に、慌てて宝珠に手を伸ばす。
「構えるな、私だ」
「やっぱりアポロか~。あーびっくりした」
「馴れ馴れしく呼ぶなと言っているだろう。首を切るぞ」
「んも~。そんなつもりは全然無いくせに~」
 二人を起こすと悪い、と言って、アポロは書斎に僕を連れて行く。
「留守中の『人形』の様子は?」
「特に変わった事は無かったよー。あ、ハッカ飴はお気に入りみたい」
「なら良い」
「ところで、その甲冑さあ……七曜の騎士、だよね?」
 僕も実物を見るのは初めてだった。七曜の騎士――彼女は空域を越えて来たのか。道理で時間がかかる筈だ。
「よく知っているな。黒騎士の座を戴いた」
 机の前に座った彼女が兜を脱ぐと、そこには栗色の髪の美女の顔。僕はソファーに座る。
「いやー凄いよ! アポロに空域を渡る力があったなんて! ああ、勿論、実力を侮ってた訳じゃないよ」
「世辞は要らん。それとも、報酬の値上げ交渉か?」
「とんでもない!」
 純粋な感嘆を勘繰られて、少し落ち込む。膝に肘をついて、彼女の顔色を伺いつつ尋ねた。
「でも、もうちょっと君の目的とかを教えてくれても良いんじゃない? 僕達、既に結構調査業とかやってきたけどさあ……全容が見えないまま、これ以上踏み込みたくはないね」
 さて、彼女はどう出てくるか。
「ふん、やはり全額前払いして拘束すべきだったな」
「お金の問題じゃないよ。勿論、契約解除になるなら、貰いすぎちゃってる分は返金するけど」
 アポロの方も試すような視線を寄越してくる。
「では何か? 悪逆無道、残虐非道な仕事は出来ないとでも? 貴様がそんなに仁義を重んじる人間だったとはな」
「仁義って言うか……」
 確かに。僕は一体何を躊躇っているんだろう。
 僕達は逆恨みで厄介事に巻き込まれるのが面倒で、私怨等による個人レベルの人殺しの依頼は請けないが、内紛だとか、戦争だとか、そういう所で殺めた敵の数なんて数えていない。敵の一人一人を命とカウントしていては、とても傭兵なんてやっていけないし、それは敵側も承知だから、傭兵個人が恨まれる事は滅多に無い。そもそも、傭兵という職業自体が紛争ありきのものだという事は、生業としている人間として忘れてはいない。
 そして、今請け負っているのはエルステ帝国の最高顧問、いや、空域をも越える七曜の騎士の依頼だぞ? この大きな流れの中で一人や二人、見殺しにしたところで何だって言うんだ。
 ……いや、違うな。僕は、僕がこの濁流に呑まれていくのが怖いんじゃない。
「アポロ……君には、僕の様になってほしくない……」
 あの日、報酬の詰まった袋を重そうに机に置いた君は、確かに僕だった。夜中に家を飛び出した頃の僕。こっそりと忍び込んだ騎空艇の貨物室で気配を殺しながら、自由という希望を信じていた僕だ。まだ何も知らない、傷つきながらも汚れてはいなかった僕。君には、その綺麗な心のままで居てほしいんだ。
 それから僕はどうなった? ただ生きるのに必死で、たった一つ求めた愛や未来さえ自分の手で捻り潰した。自分の首を絞めた汚れた手は、未だ何も確かな事を掴めていない。
 僕には彼女を止められるだけの根拠も、力も、権限も無い。ただ、なんとなく漠然とした予感がそこにある。彼女が歩んでいるのもまた、破滅へと繋がる道だ。
 もっと、もっとだ。情報が欲しい。この国で――いや、この空で、一体何が起ころうとしているのか。僕にはまだ力が必要だ。スツルム殿や、アポロを守る為に。
「何を今更」
 低い声でそう言うと、アポロは立ち上がる。
「物好きな男だ。構ってられん。不寝番は要らん、貴様も休め」
「……あは、首切らないんですね」
 扉に手をかけようとしていた動きが止まる。
「僕、これ以上やりたくないって言ったんですよ? 朝になってスツルム殿とトンズラしてたらどうするんです? それとも引き留めなかったって事は、そうしても良いって事?」
「……貴様が逃げ出さないであろう理由は二つある」
 アポロは体を此方に向けると、真っ直ぐと僕の目を見つめた。
「一つ目、貴様等が逃げ出したところで、私は別の者を雇うだけだ。貴様等だけで私達を阻止する力が無い事も、秘密を知っている貴様等を私がただで逃がす筈が無い事も、貴様は理解しているだろう」
「まあ」
「それなら、貴様は私に雇われている立場を利用して、少しでもその結果をましなものにしたいと考える筈だ」
 凄い、まるで僕が喋っているみたいだ。
「二つ目、貴様は私と同じだからだ」
「……どういう意味です?」
 僕が初対面の時に思った事と同じ事を言われ、動揺する。
「目的の為になら、鬼にでも何にでもなれるという点が、だ。貴様等の経歴や実績は、雇う前にかなり調べさせてもらった。任務遂行の為に、鬼畜の所業と言っても過言ではない手段を取ったとしか思えない仕事もあったな」
「多少はね~。こっちも命懸けだし?」
「……今の貴様の目的は、私が貴様の様な人間になってほしくない、だったか。それを阻止するには、やはり私の近くに居るしかない。そして……」
 アポロが言いにくそうに目を逸らした。
「場合によっては、私の代わりに汚れ仕事を引き受けても良い、とでも思っているんだろう」
 アポロは扉の奥に消えた。
「……いや~参っちゃうなあ」
 全部その通りだった。頭が良いのか、感覚が鋭敏なのか。あの若さで黒騎士の称号を得るだけの事はある。
 僕も寝ようと、灯りを消して借りている部屋へと向かった。
 しかし、アポロは何故そんな事まで話す気になったのだろう。僕が絶対に逃げないって解ってるなら、黙って寝ちゃえば良かったのに。
 少しは心を開いてくれたんだろうか。だとしたら嬉しい。機知に富んでいる彼女は話しやすいし、もっと……。
 眠くはないが、生活リズムを戻す為に布団に潜った所で気が付いた。もっと、何を?
 僕は彼女に、何になってほしかったんだろう。僕の様になってほしくない、か。これじゃあ僕、結局ドナさんと同じじゃないか。

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