第7話:とてもお怒りのジータちゃん [2/4]
「ちょっと待ったーーーーーー!!!!」
良く通る少女の声に、星晶獣もアオイドスも動きを止めた。視線を声がした方に向けると、ベアトリクス――を背負ったバレンティンが此方に疾走してくる。
「変な夢見せやがってこんにゃろー! エムブラスクの剣よ!」
「此処で使うのか」
呆れたようにユーステス君が呟いたけど、止めはしないみたい。
「イモータル・アソールト!」
バレンティンがそのまま星晶獣に突っ込むのに任せて、武器を振るう。やれやれ、攻撃してこない限り危害は加えないって、ルリアちゃんが約束したのになあ。
「ドランク」
スツルム殿が僕のマントを引っ張った。
「面倒な予感がする。ずらかるぞ」
「はいはい」
謎は全て解けたしね。バリアが効かなかったのは、まさか星晶獣の力だなんて思ってないから、それに適したのを張らなかったからだろうな。そもそも咄嗟に張れるやつだと、物理攻撃と軽い魔法攻撃を防ぐのがせいぜいだよ。
「何処に行くんだ?」
バレンティン達を追いかけて来ていた、ラカムとジャスティンとすれ違う。
「次の仕事の日が近かったの、今思い出しちゃって。星晶獣はベアトリクスがやっつけてくれそうだし」
「そうか。気を付けてな」
「世話になった」
「……いや嘘でしょう?」
ジャスティンが小さく呟いたのが聞こえたけど、気にしない気にしない。
「ったく」
ラカムが操舵桿を握ったまま、悪態をつく。
「星晶獣を無理矢理眠らせちまうとは、面倒な事になったぜ」
「わざわざ操舵室に呼び出して、説教か」
「アオイドス、お前は少しは反省しろ。星晶獣がまた目覚めた時に、怒って暴れ回ったらどうする」
「あの星晶獣は攻撃用ではないし、あの場所からも自力では移動できない様だった。街に被害は出ないだろう」
「そういう問題じゃねえだろ」
ああ。君が話したいのはこの問題じゃない。
「……良い加減、ジータと仲直りしねえか?」
「仲直りも何も、怒っているのは彼女だ」
「怒らせたのはお前だろ。まあ、俺にも責任はあるけどよ」
沈黙が降りる。暫くして、ラカムが問うてきた。
「俺達にも言い辛かったのか? あの短剣を持った時に感じた事」
「……少なくとも、俺は普通とは違うんだと、思って」
不思議な高揚感がした。それだけならまだ語れた。しかし、手渡したスツルムや皆が瞬時に操られたのを見て、思った。
俺も操られるべきだったんじゃないかと。
青い髪のエルーンも操られていなかったのには、少し救われた気持ちになった。おかしい人間はもう一人いる。
でもそう思えていたのも、此処でユーステスとラカムが答え合わせをするまでだった。結果的には間違っていたが、その時の仮説に則れば、青い髪のエルーンにも影響が出ない真っ当な理由があった。
『俺は色恋沙汰に興味が無い』
慌てて言い訳した言葉に嘘は無いが、それは未来の可能性まで否定している訳じゃない。本当に一切の興味が無いのなら、愛をテーマにした歌を作ろうなんて思わない。ただ今は、音楽の方が重要なだけ。ただそれだけだ。
他の事なんて考える余裕なんか無い。
「そんなにビビらなくても。感じ方が違うだけで、何も袋叩きにしたりはしねえよ」
「そうか?」
逆に君達は怖くないのか? 俺の事が。
青い髪のエルーンは別に良い。彼の至極まともそうな反応はパフォーマンスだ。俺達と同じくらい手を汚してきている。
それからジャスティンとバレンティン。言うまでもない。共に闇を歩んできた兄弟だ。ジムも、俺の深淵を覗いても逃げ出さずにいてくれた。
正直な所、その四人以外から自分がどう思われているのかは、常に不安だ。記憶を取り戻してから――。俺は「アオイドス」で居たいのに、ベンジャミンだった頃の俺を知る者が、俺のしてきた事をファンにぶちまけたらどうなる? 両親は受け入れてくれたが、そこは曲がりなりにも血の繋がった親子だからだろう。
処刑なんて格好つけてはいたが、やっていた事は一方的な殺人だ。それより前には、ただ自分の快楽の為だけに何人も屠っている。
失われた命は元には戻らない。歌が持てる力はせいぜい祈り程度だ。死者も甦らせられなければ、戦争を止める事も出来ない。
今回、残虐三兄弟時代のファンに殺されかけて、再認識した。どんな形であれ、俺の事を快く思わない人間は居る。GIGに不満を持つファン、俺が殺した人間の家族、俺の才能に嫉妬する者……。そして、いつ何時彼等から刃を向けられてもおかしくないという事を。
だがそれを俺は受け止めねばならない。全て自分の責任だ。
「そうだ。だいたい、お前に限らず皆どこかしら変だろ、この騎空団は。まず団長が一番おかしいしな」
「好きな子の事は、陰でも軽口を叩くものじゃないぞ」
「へいへい」
ラカムが振り返り、微笑みかける。俺はぎこちなく笑い返した。
「アカイドスは、一体何を見たんだ?」
「ん。子供の頃の思い出だな。周りの大人達から子供扱いされるのが、嫌で嫌で堪らなくて」
ぼりぼりと頭を掻いて、ラカムは操舵に戻る。
「でも、それを今、俺はあいつにしてしまってるって気付いてさ。今後はあんまり固い事言わない様にしねえとな」
「やっと手を出す気になったか」
「人聞きの悪い言い方するな」
「冗談だ。応援している」
「ありがとよ。それから、お前ももっと信頼してやってくれ。あいつの事も、皆の事も」
「…………」
「皆どこかしら、人と違う事は抱えてんだからよ」
「……善処しよう」
そうだ。俺は知っている。ジータがこの程度の事で俺を見損なったりなんかしないと。彼女は過去だけではなく、未来も見て人を判断している事を。
俺が出来る事は一つだけだ。
「ジータ」
彼女は食堂に居て、ぼんやりと窓の外を見ていた。ユーステスとベアトリクスの二人は先程寄った島で降ろしたし、赤と青の傭兵コンビはいつの間にか立ち去っていたので、グランサイファーはいつもの落ち着きを取り戻している。
「隠し事をしたこと、すまなかった。もうしないから、機嫌を直してくれ」
「機嫌を直すかどうかは私が決めますー」
子供っぽい返事がきて、ラカムに言われて前を向いた気持ちがまた揺らぐ。
「……別に、もう怒ってはないよ。ただちょっと寂しかったの」
座れば? と言われたので、その隣に腰を下ろす。
「アオイドスってさ、いつまでも私達のことファン扱いしてるでしょ。自分の綺麗な所しか見せたくないっていうか」
「……そう見えるか?」
伊達に団長をやっていないな。流石に人を見る目がある。
「きっと今回もそうなんだろうな、とは思ったんだけどね。アオイドスはすごいから、何でも自分一人で抱えてやり切っちゃうけど、団長としては『頼りない』って言われてるみたいで悲しくなっちゃって」
「俺は別に、凄くはない。常に最高ではあるが」
「十分すごいよ」
ジータがやっと笑う。
「でも、もっと皆を頼ってよね。アオイドスの歌で皆が元気になる様に、皆も他の方法でアオイドスの事、励ましてあげられるから」
「……ありがとう」
人が立っている限り陰は出来る。陰を完全に消すには光か、人間を消すしかない。俺は陰と共に歩む。この命尽きるまで。
この決意が揺らがぬ様に、歌い続けるだけだ。
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