宇宙混沌
Eyecatch

第9章:ただ前に進むだけ


「これで良し!」
 私は避難艇への誘導を書いた紙を、騎空艇中に貼り終わって一息ついた。この前は皆覚えてなかったり迷ったりして、慌てたもんね。
「ただいま! ジータ」
 一服していると背後から声をかけられ、振り向く。
「フェリ~! 昨日には戻るって言ってたから、ちょっと心配してた」
「すまない。貨物室に預けた機材が一時行方不明になってしまって、ツアースケジュールが延びたんだ。これ、お土産。誕生日プレゼントも兼ねて、ジータにだけ特別だぞ」
「本当!? ありがとう!」
 そう、そして今日は私の誕生日! きっと今年も、皆サプライズを用意してくれてるんだと思う。流石に毎年祝ってもらえると、サプライズがサプライズじゃない感じになってきてるけど、気付いていない振りをするのが大人ってもんよ。
「「「ハッピーバースデー!」」」
 案の定、食堂に戻るとローアイン達のクラッカーが出迎えてくれる。いつ仕込んだのかわからない程の料理が、所狭しと並んでいて。これじゃあベアの結婚式より豪華だなあ、なんてちょっと申し訳ない気持ちになりながらも、ルリアに手を引かれて主役の席へ。
「我らがダンチョの成人を祝って~」
「「カンパ~イ!!」」
 皆がグラスを掲げる。最初の一杯はジュースだったけど、その後、カタリナが「少しずつ飲むんだぞ」と美味しいお酒を注いでくれた。
 今年の出し物もどれも凝っていたし、お金を出し合って買ってくれたプレゼントもとても気に入った。宴が終わり、自分の部屋でそれを眺めていると、ふと、少し物足りなさを感じてしまう。
 今年の誕生日はただの誕生日じゃない。成人式だった。だから心の何処かで、もっと凄い何かを期待していた。
 例えば、ラカムが皆の前でプロポーズしてくるとか。
「……って、ラカムはそんなガラじゃないかあ」
「ん? ラカムがどうかしたか?」
「なんでもなーい。ビィおじさんはもう寝てくださ~い」
「オイラはおじさんじゃねえ! って、ジータよりはずっと年上だけどよぉ……」
 言いながらもベッド代わりの籠に入れて布をかけてあげると、すやすやと寝入ってしまう。おじさんじゃなくて赤ちゃんかな?
 私も寝ようとしたが、なんだか上手くいかなかった。お酒って飲んだら眠くなるもんじゃないの?
 夜風にでも当たろうと、上着を羽織って甲板に出る。そこには月明かりに照らされて、大柄な男の影が焼き付いていた。
「ラカム」
「ん? どうしたんだこんな時間に」
 空を見て煙草を吸っていた男が振り向く。その言葉はそのままそっくり返したい。
「なんだか眠れなくて。お酒の所為かなぁ?」
「そうかもな」
「ラカムが休みの日でもあんまりお酒飲まないのって、それが理由?」
「んー。いや、飲み癖が付くと困るからな」
 隣に並ぶ。ふと、あの夜の事が思い出された。結局私が好きなだけ好きな事を喋って、気付いたら眠っちゃってたんだっけ。
 自分以外の誰かが寝ている布団って暖かくて。眠っている間もラカムの匂いがして心細くなくて。目が覚めたらラカムはもう起きてて、見つからない内に早く帰れって起こしてくれて……。
 い、いやいやいやいや。冷静に思い出すとめちゃくちゃ恥ずかしいな!?
「なんで微妙にゆっくり遠ざかってんだよ」
 バレた。ナチュラルにフェードアウトして部屋に戻ろうと思ったのに。
「え? いや、ちょっと煙草臭いなあと……」
「悪い」
 ラカムは吸殻を空の底に落とす。逃げ道がなくなってしまった。
 ど、どうしよう。というか、どうしたいんだろう。私は。ラカムは。
 私は……。
「ラカムは」
 私のことどう思ってるの。そう直球で訊きかけて、すんでの所で思い留まる。期待した答えが来ない事が怖いんじゃない。ラカムが、ぐいぐい押してくるタイプが苦手だって知ってるから、幻滅されたくなかっただけ。
「十年後も、私の騎空団の騎空士で居てくれる?」
「何を急に改まって」
 軽く笑って、それから真面目な声で答える。
「俺は、ついて行く団長をほいほい変えるような尻の軽い操舵士にはなりたくねえな」
 ラカムが振り向く。
「お前だって、グランサイファー以外の艇に乗り換えるよう薄情者じゃねえだろ?」
「もっちろん」
 私は胸を張る。
「この艇はラカムの愛の結晶ですからー。私も大事に思ってるよ」
「気持ち悪い言い方するなよ」
「だって事実でしょ」
「そりゃそうだけど。ほら、もう寝ろ」
 そう言ったところで、口籠る。
「いや。もう子供じゃねえし、俺がとやかく言う筋合いねえな」
「そう。それはそれで、なんかちょっと寂しいかも」
「フェアじゃねえだろ。親子や恋人ならまだしも」
「恋人なら言っても良いの?」
 期待した声色が伝わってしまったのだろうか。ラカムは顔を強張らせる。
「……この前、引き倒して悪かったな」
「へ?」
「ま、一線越えた訳じゃねえし、今ならまだ間に合う。お前もちゃんと好きな人見つけて――」
「間に合うって、何が?」
「何がって」
 ラカムは髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「その……子供は大人に憧れるもんだ。俺は、お前の俺への気持ちが、本当かどうか確信が持てない」
 一方的に否定しない言葉を選んだところは、優しいなと思った。
「私……ちょっと心配だな。ラカムって優しすぎるんだもん」
「そういやカタリナにも似たような心配されたな……」
「だろうね。騎空艇の事にはうるさいけどさ、ラカムって個人的な感情でもの言う事ほとんど無いじゃない?」
 一歩近付く。その顔を見上げて、瞳を見つめた。
「この心配する気持ちは本当」
「わかった」
「だからたまにはわがまま言ってよ」
「そうだな」
「手始めに何か一つどうぞ。今日は誕生日だし、特別に何でも言う事聞いちゃ~う」
「お前、酔ってんのか? もう日付変わってるぞ」
「細かい事は気にしない気にしない」
「それじゃあ……」
 ラカムは急に顔を近付けてきた。驚いて目を瞑ったけど、何も無いのでそろそろと瞼を上げる。
「お前、俺以外の男と添い寝とかするんじゃねえぞ」
 そう言うと艇内へ戻ってしまう。扉がぱたんと閉まる音に我に返ると、私は嬉しくて飛び跳ねた。
 今のってつまり、そういう意味だよね!? 俺以外とは寝るなって事はイコール俺は寝る気あるぞってそういう事でしょ!?!?
「ちょっとドンドン五月蝿いんだけど」
「あっごめん」
 真下の部屋の窓からルナールが顔を出す。
「あら、ジータじゃない」
「出来立てほやほやの惚気話があるんですけど今からお部屋行って良いですか先輩」
「別に構わないけど。って、え、惚気話? 他の人の恋の噂じゃなくて?」
 ルナールの確認には返答せずに、私も艇の中に入る。階段を音を立てない様に降りながら、頭の中は薔薇色ハッピーな今後の妄想で既にいっぱいだった。

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