宇宙混沌
Eyecatch

第9章:ただ前に進むだけ


「もぐもぐ……」
 私は艇の食堂でケーキを食べていた。島に着いてから皆で食べれば良いと思ったけど、メニューを見ていたら我慢出来なかった。
「こちら……サイファー号。――群島…………航路上にて……システムに異常、転覆の……」
 外から何か聞こえた。ちゃんと聴き取れなかったけど、近くで別の騎空艇にトラブルがあったみたい。直後に艇内放送が入る。
「えーお客様にご連絡いたします。先程近くを飛行中の騎空艇より遭難信号を受信いたしました。本艇はこれより救助に向かいます。目的地への到着までお時間をいただく事になりますが――」
「ケッ、勝手に遭難した艇なんてほっときゃ良いのに」
「やめなよ。うちらだっていつ事故に遭うか分からないんだからさ」
 隣のテーブルの会話は、聴く気が無くても良く聞こえる。私は最後のひとかけらをぱくんと飲み込んで席を立った。
 なんとかサイファー号。聞いた事のある渋い声。少し、嫌な予感。
 甲板には沢山の人が居た。野次馬、って言うんだっけ。
 そのみんなが見ていた先。ほんの小さく、黒い胡麻の様に見えていたそれは、どんどん大きくなってやがて騎空艇の形になる。
「やっぱり」
 えっちらおっちら、傾いてガタガタしていたけど、それは良く知る艇だった。
「錨届くか?」
「まだ遠い。避難艇から先に救助しよ――」
「あの」
 グランサイファーにロープを伸ばそうとしていた乗組員に声をかける。
「何だい嬢ちゃん。今忙しいんだ」
「私なら、全部掴まえられる」
「は? 何言って――」
「お願い」
 私は振り返った。
「ロイド」

「オイゲンさん!」
「おーこの傾きを走って来るとは流石だな」
 僕が艇尾へ行くと、オイゲンさんは呑気に鳥の羽根なんかを弄んでいた。
「だ、大丈夫なんです?」
「はっは。浮力消失高度はまだまだ先だぞ? 普通に滑空しててもどっかの島には降りられる」
「は~。それなら良いですけど」
 僕は甲板に座り込む。ちょうど避難艇が、まるで鳥が卵を産む様に騎空艇の底から出てきた。
「その羽根何です?」
「艇にくっついてやがった。此処よりもずっと高い所を飛ぶ、でっけえ鳥の羽根だ。俺が現役時代にも、死んだか弱ったかした個体が甲板に落ちてきてなあ。その時は焼いて食ったが、今回のは空の底だろうな」
「つまり、その鳥がぶつかって翼が折れたと?」
「おそらくな」
「はぁ……こういう事って良くあるんですか?」
「何年も四六時中空に居れば、あってもおかしくはねえわなあ、俺は二度目だし。ラカムは若えから慌てふためいてるがよぉ」
「オイゲンさんも人が悪い」
 それだけどしっと構えていられるなら、パニックになってる皆を宥めてくれても良いと思うんだけどなあ。
「なに、訓練で済む時に経験しとくのが良いぜ。制御翼が無くても、なんとか飛ばす操縦方法だって――」
 またガタガタと揺れた。甲板に居ると振り落とされそうで、流石の僕も肝が冷える。
「……一応、ラカムはそれを試してる。どうしても左右に大きく揺さぶる必要があってな、子供は避難艇に逃がせって言ってただろ?」
「なるほど」
「積み荷の位置が悪いのか、上手くいってねえみたいだが」
「僕はとにかく揺れないようにしたいんですけど、あの折れた翼を氷で修復すれば良いんですかね?」
「氷じゃすぐに割れちまうだろうが、まあやってみな」
 あそこの羽ってどんな形だったっけ? とりあえず水を飛ばして凍らせてみる。風圧に耐えられず割れた破片が落ちてきて、僕達は慌てて伏せた。
「何もしない方が良さそうだな。あんまり分厚いのを付けると、今度は根元の方から破損しちまう」
「オイゲンさんがそう言うならやめときます」
「お。言ってる間に救助の艇が来たぜ。命拾いしたな」
「は~。僕もオイゲンさんみたいにどっしり構えられる人間になりたいです」
「何言ってやがる。お前さんの肝が据わってなかったら、誰の肝が据わってるってんだ」
「それどういう意味~?」
「なに」
 オイゲンさんは救助に来てくれた騎空艇に手を振りながら、呟く。
「人間、重ねた罪に押し潰されそうになる時も、あるもんだ。やけっぱちでも立って歩く姿勢を見せてるお前さんだから、ジータもこうして受け入れてくれてるんだぜ」
「解ってますよ」
 向こうの艇から糸の様なものが何本も向かってくる。それらは僕達を騎空艇ごと絡め取った。
「せいぜい、捕まらない程度にやれるだけの事はやってみますよ」

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